帰り道の怪異

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帰り道の怪異

 東京都、武蔵野(むさしの)市某所。  小学4年生の岸川(きしかわ)優花(ゆうか)は1人で通学路を歩いていた。いつも一緒に帰る友達は委員会の当番で残っており、先に帰ってくれと言われて学校を出た。  とても寒い12月の昼過ぎだった。ランドセルを背負い、優花はマフラーに顎を埋めて目を細めた。地球温暖化だってニュースじゃ言っているけれど、やっぱり冬は寒いのだ。半袖で歩けるようになったら、流石にまずいかもしれないけど、マフラー巻かないと外に出られないんじゃ、まだ大丈夫なんじゃないの。そんなことを思ってしまう。そうなってからでは遅いのだと母は言った。  ランドセルの背負い紐がずり落ちたので、軽く跳ねて引っ張りあげる。中で教科書がガタガタと鳴った。優花のランドセルは、ベーシックな赤色だ。両親が子供の頃は、女子は赤、男子は黒と決まっていたのだそうで、今のピンクや水色のランドセルなんて考えられなかったらしい。優花は普通に赤色が好きだったのでそれを選んだ。そうすると、大人たちは少しだけほっとしたような顔をした。友達にはワインレッドのランドセルを持っている子がいて、ああ、その手があったな、と少しだけ後悔したものだ。赤色にも色々あるのだ。  なんてことを思い出しながら歩いていると、前方に真っ赤な人が見えた。よく見ると、サンタクロースと見まごうような赤いロングコートを着た人物だった。長い黒髪。どうやら女性らしい。 (すっごい色)  ああいう色のコートを着る大人がいるのか。芸人かなんかか、と優花は思った。わざと派手な格好をして笑いを取ろうとする芸人は多い。優花はあまり嫌いじゃない。両親は「喋りで勝負しろ」と言うけれど、別に服が面白いのも芸の一つじゃないかと思う。  その人は大きなマスクをしていた。優花もしている。インフルエンザが流行るから。優花と母は、「女性・子供用」と書かれた箱に入ったやや小さめのサイズを使う。父親だけ「ふつう」サイズのマスクだ。お父さんにとってはこれが普通の大きさなのか、と思った覚えがある。女性がしているマスクは、その「ふつう」の大きさに見える。女優さんみたいに顔が小さくて、耳元まで覆う様だった。間違って大きいサイズでも買ったのかな。と思いながら、優花はその人の横を通り過ぎようとした。  ちらりと見えたその人は、二重まぶたのぱっちりとした大きな瞳、長い睫毛、綺麗なおでこ。マスクをしていてもすごく美人だというのがわかる。担任の水野(みずの)先生もかなり美人だと優花は思っている。どっちがより美人か、と言われたら迷ってしまいそう。それくらい、その人の目元は魅力的だった。  あんまりじろじろ見るのも良くないと思って、優花はその人から視線を逸らして脇を通り過ぎようとした。丁度、彼女を背にしたとき、 「ねえ」  呼び止める声が聞こえる。自分かと思って振り返ると、案の定、そのマスクの彼女は優花に顔を向けていた。目元は微笑んでいる。ますます綺麗な人。 「私ですか?」  知らない人に声を掛けられても返事をしちゃいけない。そう習っていたけれど、優花は思わずそう問い返してしまっていた。相手は頷き、 「私、綺麗?」  どきっとした。まるで、自分の心の中を読まれてしまったかのような。私、口に出してたのかな。頬に熱が集まる。恥ずかしい。見惚れていたのが知られちゃったのかな。 「はい」  頷くと、耳まで熱くなる。彼女は目を細めて、片耳に手を当てた。マスクの紐を持って、外す。マスクを外したらどんな顔をしているんだろう。それが知りたくて、優花はじっとその顔を見てしまう。  けれど……。 「これでも?」  優花は目を見開いた。  その女の人の口は、耳元までざっくりと裂けていたのだから。
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