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――暑い。
何時間――もしかしたら数分しか経っていないのかもしれないが――こうして同じ言葉が浮かんでは消えただろうか。
身体が怠い。足が重い。喉が渇いてひり付く。
全身から汗が噴き出し、顎を冷たい感覚が伝って滴る。汗を吸った衣服が肌に張り付き、不快感はMAXだ。
――暑い。
頭上遥か高く燦々と照り付ける灼熱の太陽は、地上を行く者を容赦なく焼き尽くそうとしている。
右を見る。
広がっているのは広大な砂漠の海――砂海だ。遠くの大気が揺らめいて見えるが、蜃気楼を通しても街の一つも見えることは無い。
左を見る。右と全く同じ光景が広がっているだけだ。
正面を見る。先を行く黒スーツ姿の背中が見えるが、こちらと違って足取りは重くもない。
その黒スーツが突如足を止め、こちらを振り返って問いの言葉を寄越して来た。
「付いて来ているかね透・大和?」
清々しいほどに暑さに動じていない口調に、大和は苛立ちさえ覚える。
それどころか相手はこの灼熱地獄の中にあって、汗一つかいていないのだから。
こちらはと言うと、今にも身体が干からびそうで、パクパクと口が水と酸素を求めて動き、灼けた痛みを寄越す喉からは声も絞り出せない。
その時、横から水筒が差し出されてくる。
「お水をどうぞですお客様ぁ」
差し出して来た水筒を持つのは、白と黒の侍女服に身を包んだ少女だ。
水筒を差し出す手と逆の手には大きな日傘が握られ、こちらの頭上に差して日光を遮ってくれていた。
「あり……がと」
大和は水筒を受け取ると、中の水を一気に煽る。
中の水は氷のように冷たかった。
乾き切った喉と身体に染み渡るような感覚に、一瞬にして生き返った気分だ。
水がこんなに美味いと感じたのは人生で初めてかもしれない。
ツインテールにまとめた黒髪が特徴的なこのメイドの名はアイリ。
前を行く黒スーツの男同様、一面の砂漠に侍女服姿という不釣り合いな格好にもかかわらず、彼女も汗一つかいている様子は見受けられない。
「あのさ、本当にこんな砂漠のどこかに探し人なんか居るの? どこまで見渡しても砂しか無いじゃん」
大和は黒スーツに向かって、ここまで我慢して来た疑問をぶつけた。
大砂漠を徒歩で行く3人の目的は、この世界のどこかにいる探し人に会うためである。
……こんなサハラ砂漠もビックリな砂地続きだなんて聞いてなかったぜ。
内心で悪態をつく大和だったが、これも目的のために必要なことなのだという。
「居るとも。ただ、彼らは移動しながら生活しているので、簡単には遭遇できないだけだ」
それはつまり、当ても無くただ闇雲に歩き続けているということではないのか。
大和は不満げに唇を尖らせ、
「だったら人探しの「魔法」とか、そういう便利なの使ったらすぐ済むんじゃないのかよ?」
「それが出来るならそうしているところだが……、相手は探索用の電磁機や「魔法」を攪乱する、特殊な粒子を散布しながら移動している。だからこうして自分の足と目で探すのさ」
こちらの意見をのらりくらりと躱すように返事を寄越して来る男に対し、大和は僅かながら殺意のようなものさえ込み上げてくる。
……大体、何で俺まで来る必要あるんだよ? マスターだけで良かったんじゃねえのかよ?
一つ不満が浮かべば、それはたちまち2つ3つと新たな不満が生まれて行く。
加えてこの真夏の太陽も目じゃない灼熱地獄の砂海が、更にストレスゲージを上昇させる要因となっていた。
「まあ……君にも色々と言いたいことはあるだろうが、今は黙って付いて来たまえ」
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