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マスターは踵を返すと、再び歩き始める。
この男には疲労という概念も無いのだろうか。
正体不明にして魔法結社「マギ・メディエイション」の代表、「魔法」を斡旋する謎だらけの男。
このマスターが居たからこそ今の大和が「魔法使い」として存在しており、間接的にではあるが大和を無職から救った人物でもある。
一時、お金の工面をしてくれたことに恩義も感じたが、実は単なる時間を超越した前借りというだけだったと知り、これについては大和の中でチャラになっている。
大和は水筒をアイリに手渡すと、マスターの背中を追って再び歩き出した。
アイリもこちらの姿を日光から遮るように、日傘を維持して追従してくれる。
……そもそも何でこんなことになったんだっけ?
この疑問も随分前に考えていたような覚えがあるが、遠い日の記憶のようにはっきりとは思い出せない。
その時だ。
――!
「ん? 今何か聞こえたような……」
小さな音だが、空気が破裂するような、または布団でも叩いたような音を耳が拾った気がしたのだが、ついに幻聴まで聴こえるようになってしまったかと、大和はゲンナリした表情で虚ろな目を右に。
熱した鉄板の如く陽炎が揺らぐ砂海の向こう。白い影と黒い影がポツリと見えた。
「なんだ……あれ?」
これに反応したのは前を行くマスターである。
「どうやらやり合ってるようだね」
「やり合うって……何を?」
大和がマスターに問うと、彼の横顔はこれまで見たことも無いような、不気味な笑みを浮かべている事に気付き、思わず言葉を失う。
「奪い合いだよ。食料、燃料、資材、そして……命のね」
低く響くマスターの言葉に、言い知れぬ恐怖を抱いた大和は、もう一度砂海の向こうに見えた影に視線を戻す。
白と黒の影は先ほどよりも大きくなっており、こちらに接近してきている事がわかる。
白い影は帆を張った船だ。木造ではなく、外装は金属で固められている。
一方の黒い影は奇妙な形をしていた。武骨な形状ではあったが、
「人型……?」
見ようによってはそう見えるだけだ。なぜならその人型の下半身は、白い船と同じ船のような形状をしていた。
肩に背負うように配された、細いパイプから黒煙を吐き出し、2本の図太い腕が白い船に伸びようとしている。
一方の白い船からは、大砲のような砲身から発射を示す黒煙を噴いて砲弾が飛び、黒い人型船に命中する。
衝撃で一瞬、黒い人型船がバランスを崩しそうになるが、片腕を砂海に付いて転倒を回避。
再び腕を伸ばす黒い人型船。
白い船から連続して銃器の発射音が響き、伸びてくる腕に銃弾がぶつかって小さな火花を散らすが、腕の動きは止まることなく白い船に届く。
縁を掴んだ鋼鉄の腕が、外装を引き剥がすように大砲の砲身を潰し、紙のように千切られた外装が放られて砂海に投げ出された。
更に黒い人型船は腕を振り上げ、白い船の巨大な帆を殴りつけて破壊。
一気に白い船の推進力は失われ、直進から一転、左側に舵を切ったように曲がって行く。
「ああっ! やられた!」
事ここに至り、大和は冷静さを取り戻してマスターに声をかけた。
「ってぇ、見てていいのかよ! 助けなくちゃ!」
「どちらを助けるつもりかね」
「は?」
マスターから返ってきた言葉に、大和は耳を疑った。
状況はどう見ても助ける側を明らかにしている。白い船は襲われ、黒い人型船は奪おうとしているのだ。
「白い船を助けるに決まってるだろ!」
「なぜそう思う透・大和。それは色による違いか? それとも損傷を負って劣勢と判断したからか?」
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