青葉の扉

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「え、私のチームメイトになってくれるの?」  授業の終わった教室でメレを前に双子が大きく頷いた。 「オロンの妹なら、大丈夫だろうってお父さんが」  姉のミーヤがはにかんで言った。本当はすぐに入りたかったのだが、世間の手前、堂々と入るとは言えなかったのだと彼女は言った。一方弟のゲインは不安そうにそっぽを向いている。 「俺はエブリンがいるなら、それでいいし」  目的は淑女のエブリンらしいことに少しがっかりしたメレだったが、仲間が増えるのは嬉しい。素直に喜んだ。 「それで、飛行機はもうできているの?」  ミーヤに聞かれてメレは首を横に振るしかない。 「設計図はできているんだけど」 「じゃあ、材料を集めないと」  ゲインがエブリンを探すように目を泳がせている。 「材料もね、お兄ちゃんが余ったものをくれたから、あるにはあるの」 「じゃあ、早速今日からでも作らないと」  ミーヤはやる気満々だ。 「来年分のエントリーは今年のエバ杯が終わると同時に始まるんだよ。すぐに枠が埋まっちゃうから、エントリー用紙も用意しておかないとね」 「用紙もね、お兄ちゃんがくれたから大丈夫」  メレが微笑んだ。 「オロンの力に頼ってばかりいては駄目だけど、さすがオロンね。手回しがいいわ」  エブリンが金髪の長い巻き毛を揺らしながらやって来て言った。 「待たせたかしら」  青い細身のワンピースが、君にすごく似合っている、とエブリンにゲインが囁いている。それを苦笑しながら見つめ、ミーヤがメレに設計図を見せてくれと頼む。 「これなんだけど」  メレはカバンからはみ出た木箱を取り出し、その中から鉛筆で書いた設計図を出す。紙が折れないように木箱に入れて持ち歩いているのだ。  覗き込んだチームメイトたちは唸った。 「専門的すぎて、何が書かれているのか分かんない」  ゲインが最初に感想を言い、皆も頷く。 「これをメレが一人で書いたの?すごいわ」  エブリンがその優雅な手でメレの両頬を包んで褒める。 「設計上は大丈夫でも、まだ飛ぶかどうか分からないから、修正は必要だと思うんだけど」  やや不安そうにメレは小声で言った。 「いいのよ。成功するまで何度でもやり直せば。そうでしょう?」 「うん」  メレは力が湧き出てくるような気がした。 「でも、この人数では心元ないわ。他の人にも声をかけてみましょう」  きらきらとしたエブリンが言うと、なんだか壮大な計画が始まってしまった気がしてくる。 「あ、でもパイロットは?」  ゲインが尋ねると、メレは困ったように離れた所で様子を窺っているバースを見た。 「バースに声をかけたんだけど、断られて」 「あいつは駄目だろう。運動神経もないし、チビだし」  ゲインが言うと、それが聞こえたようにバースの目に剣呑な色が浮かぶ。 「駄目じゃない。ピッタリなんだよ。運動神経は知らないけど、漕ぐ訓練さえしてくれれば、筋力もつくし。方向感覚も優れているし、目もいいし、判断力もある。パイロットには向いていると思う」  メレが断言する。いつも内気に話すメレが声を大きくし、逞しく見えた。 「そうなのか」  メレの熱情に気圧されたゲインがバースを見る。皆の注目を集めて彼の肩がびくりと震えている。 「私も良いと思う」  ミーヤが何かを企んでいる顔で呟く。 「喧嘩っ早いのを何とかするのなら、私も賛成よ」  エブリンも乗り気だ。  寒気を感じたようにバースがぶるっと震え教室から逃げて行った。 「私に任せて」  ミーヤがさっと彼を追いかけて行った。 「私の家で待ってるね」  遠ざかる彼女の背中にメレが叫ぶと、彼女は大きく手を振って応えた。 「それじゃ、私の家で作戦会議と言う事で。あ、あのね、お兄ちゃんのチームメイトが家に泊まっているんだけど、気にしないでね」  メレが慌てて言い添える。 「オロンとジュンが家にいるなんて、素敵ね」  エブリンがうっとり言った。  メレが家に帰ると、ちょうどオロンたちが家に戻って来たところだった。観光に行っていたらしく、皆ラフな格好で手には土産物をそれぞれ持っている。 「お帰り、メレ。俺たちも帰ってきたところだよ。と言っても、荷物を置いたらまた出かけるけど」  オロンは愛しそうにメレの頭を撫でる。 「おい、男がついて来ているぞ」  ジュンがオロンの後ろからメレをかすめ取り、胸に抱いてゲインを睨む。睨まれたゲインはすくみ上がっている。ジュンに意地悪されていたのはメレだけではなさそうだ。 「あれは私のチームメイトなの」  ジュンを腕の中でジタバタともがくメレが小声で答えるとオロンが微笑んだ。 「メレのチームメイトが見つかって良かった」 「どうだか。使い物になるのか?」  ジュンは辛口だ。 「お久しぶりね。今回は長く滞在できるの?」  エブリンが大きな瞳をオロンに向けて問う。 「ああ。長期休暇を取ったからね。エバ杯が終わっても、しばらくはここにいられるよ」 「それは良かった」  満足そうに微笑むエブリンの美貌にオロンのチームメイトが騒ぎ出す。それを制するようにして手を挙げてから、オロンがメレの目線に合わせてしゃがむ。 「メレ、離れを取ってしまったから裏庭に簡易の作業場を作っておいたよ。資材もそこに運んでおいた。そこで思う存分作業ができるよ」  オロンが仲間たちと共にメレの飛行機づくりの基地を作ってくれたのだ。行ってみるときちんとした屋根のある作業場だった。一部にはちゃんと壁もついていて、とても簡易で作られたように思えない。 「凄い。ありがとう」  メレが感激して言うと、にやにやと仲間たちがジュンを小突く。 「こいつがさ、きちんとしたモノ作らないと殺すぞ、とか言っちゃって、俺たちを脅すんだよな」  ジュンは見た目は変わっても、中身は変わっていないらしい。メレは恐れをなして、ジュンを見ている。 「あのな、俺は意地悪をする為に帰ってきたんじゃないんだぞ。そんな目で見るな」  意地悪な奴だと誤解されたままのジュンは必死でメレに訴える。 「それじゃ、俺たちは会場の下見に行ってくる。また後でね」  ジュンはオロンに引っ張られて行ってしまった。  メレはそれを見送って、自分の基地を改めて見た。 「私の、基地」  メレは呟いて、中に入ってみた。メレの身長に合わせた作業台と様々な種類の工具、そして木材が準備されている。 「それじゃ、どこから始める?」  エブリンがメレを覗き込む。 「まずは設計図に合わせて木を切るところから」  嬉しそうにメレは答えた。 「了解よ、キャプテン」 「こっちにも指示をくれる?パイロットの訓練を始めましょ」  ミーヤの声と共にバースも姿を現す。 「走ればいいのか。それとも、木を切る手伝いをすればいいのか?」  バースはそっぽを向きながら問う。 「じゃあ、両方」 「え、どっちが先?」  バースが困ったようにメレを見る。 「凄いね、みんな」  嬉しそうなメレの笑顔に釣られて、みんなが微笑む。 「ねえ、チームの名前を決めない?エントリーにはチーム名も必要でしょう?」  エブリンが提案し、皆が口々に候補を言い合う中、ずっと黙っていたメレが口を開く。 「『エバの青い翼』は?」 「レトロだけど、いいんじゃない?私、青い色好きなのよね」  エブリンがいいわ、と認めてくれる。 「ダサいけど、いいよ」  ミーヤもゲインも頷く。 「俺は何でもいいけど」  バースは面倒臭そうに答えた。 「じゃあ、決まりね」  エブリンが木材の切れ端に名前を書いて表に立てかける。 「それじゃ、始めよう」  メレの号令に皆が大きく頷いた。
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