青葉の扉

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 平和なロベッカ国にキナ臭い匂いが充満し始めたのは国家警察が県境や国境に検問を敷いたからではない。山を越えた隣の国ドルビー王国がショウバッハ帝国に攻撃されたからである。  同盟国であるドルビー王国からの応援要請を受けて軍隊が派遣され、国内の守りを一手に国家警察が担う事になった。  小さな国とは言え、ロベッカは大昔から堅牢な国を築いてきた歴史がある。そう簡単に籠絡される国ではないが、国民に不安は広がるばかりだ。  メレは試走できずにいる完成した青い飛行機を眺めた。  夏休みが終わり、もう秋の風が吹き始めている。寂しい虫の声が夏の終わりを惜しむように野原に広がり、青々していた木々の緑はその光を失ってきている。  学校は時短授業で始まった。国内の情勢が安定するまでは午前授業だけだ。敵国の攻撃があれば避難できるよう訓練もある。そして、男たち中心の自警団が村の巡回を怠らない。  メレはチームメイトと共に自分の基地で頭を突き合わせて地図を見ていた。カルロ湖を挟む向こう側の森を抜ければ戦地になっているドルビー王国である。オロンとジュンはその手前の国境の村で治安を守る為に武装して待機しているらしい。  軍隊は国境からほど近い場所で戦闘を繰り広げていると聞く。  メレは自分にできることはないだろうかと、ずっと考えている。 「試走をしたいけど、オロンがいないとダメって約束したんだよなあ」  パイロットであるバースは無念そうに言った。あれから足腰を鍛えて、クラスの誰よりも早く走れるようになった。自分に自信がついて、誰かに喧嘩を吹っ掛ける事もなくなった。 「オロンは忙しいし、しばらく試走はできないか」  ゲインが機体を見つめて言う。機体を作るに当たって、細かい作業に向いている自分の適性を発見して彼もまた変わった。人をちゃんと観察して思いやれる。自分が誰かの役に立つということを実感してから、優しくなった。  エブリン、ミーヤは地図から離れ、山で収穫したミモンの木の実の殻を剝き始める。ミモンの木の実は昔から非常食として重宝される。栄養価が高く、保存がきく上、美味しい。戦時下では村人の命を繋ぐ大切な食料として大事にされてきた。 「メレ、どうしたの、さっきから思い詰めた顔で」  エブリンが地図から頭を上げないメレを心配して問うと、メレは笑顔を顔に張り付かせて何でもない、と答える。 「この村で戦争になったら私達、戦わなくちゃいけないのかしらね」  エブリンがメレの心配を予想して言うと、ミーヤが飛行機を見てエンジンをつけたら、と提案する。 「これに乗って、物資をみんなに届ける、とか」  ミーヤの顔は真剣だ。 「あなたは勇気があるわね。私は駄目ね。怖くて無理。大人しく避難しているわ」  エブリンは輝く金髪についたミモンの木の実の殻を取りながら言った。 「子供は戦争には参加できないって言われたよ」  ゲインが殻剥きを手伝って口にする。 「私達、もう子供じゃないのにね。来年には卒業して働くか、街の学校に進学するか決めなくちゃいけない」  エブリンが憂鬱そうに言い、溜まった殻を外へ放りだした。土に還れば土を良くする肥料になる。  もう一度座り直し、エブリンが新しい実を手にするのを見て、メレは意を決して口を開く。 「あのね、私、今朝、見ちゃったんだ」  張り詰めた様子のメレに皆が口を開けて次の言葉を待つ。 「帝国の軍隊が森を抜けて行くのを。たまたま、森に光るモノがあったから、望遠鏡で見たの。ドルビー王国の人に知らせに、行こうと思うんだけど」 「どうやって」  慌てた様子でバースが問うとメレは飛行機を指差す。 「丘の反対側に切り立った崖があるの。そこを、これで滑空すれば、すぐにドルビーに着く。機体を壊しちゃうけど、今は人の命が優先だから」 「お前の命もだろうが」  バースが悲壮な顔で止めようとするが、メレの決意は揺らがないようだ。 「子供の言うことを誰が聞くっていうんだ」  ゲインも難しい顔で止める。 「でも、軍隊はもうそこまで迫っているんだよ。もしドルビーがやられたら、国境にいるお兄ちゃんたちが危ない。分かっていて見て見ぬふりはできないよ」  メレは内に秘めた強さを、もう隠さない。 「じゃあ、大人たちに言えばいいじゃんか」 「言った。お父さんとお母さんに。まずは国家警察に知らせてくれたけど、調べてもそんな証拠はなかったって言われた。でも、私は見間違えたりしていない」  メレは大切なモノたちを守る戦いに自分も加わりたいと願った。 「湖に着水するのと違うから、機体の仕様を少し変更する。上昇する機能を減らして、スピードを出すように重りを付けようと思う。それから、重力に負けないように着地地点を計算して……」  小難しい理論をメレが話している間、チームは固まっている。 「もし、それが成功するとしても、ドルビーじゃない軍隊に囲まれたらどうする?」 「大丈夫。敵国の軍隊の歩行速度と目的地を予想して、現在地を割り出したの。今はまだ国境にさえ着いていないけど、時間がない」  メレの目は真剣だ。もう猶予がない。闘いは始まる。 「ドルビーの軍隊が野営している地点と国境の国家警察のいる村までの距離を計算しても、援軍は間に合わない。直線距離ならいいけど、どんなに早い車両を持っていても、あの森は抜けられないから。だから、直接ドルビーの人に伝えた方が早いの。戦う準備をしてもらって、勝利してもらわないと」 「分かった」  エブリンがため息交じりに笑う。 「言い出したら聞かないのよね、メレは。私がサポートする。でも、大人の助けもいるわ」 「うん」 「それなら、俺たちが動かない訳にはいかないよな」  バースも笑顔を見せた。 「エバの青い翼は自由を求める戦いの象徴だって聞いたことある。その名を戴く俺たちがやらなきゃいけない闘いがあるんだな」  ゲインも頷いた。そして、ミーヤは剥いた実を袋に入れてメレに渡す。 「これを持って行って」  メレはそれを受け取って、斜め掛けカバンに入れて手を通す。 「俺はパイロットだ。メレの代わりに俺が行くよ」  バースが機体に手をかける。 「だめ。体重がより軽い私が行く。ごめんね、バース。もう私の体重で計算したから、後は機体を少しいじくるだけなの」 「おいおい、俺をすっ飛ばしてヒーローになるってか」  バースが困ったように微笑んだ。 「それじゃ、みんな、この図面の通りに機体を直してくれる?私、お父さんに話してくる」  メレは基地を飛び出した。  行動の早いメレに負けないようにチーム・エバの青い翼が動き出す。  メレの計画を聞いた大人たちは反対したが、村が戦場になるのを避けるためにもそうした方が良いという村長の言葉に二の句が継げない。  納得しないメレの父親を説得したのは母だった。 「みんなの為にメレが戦う勇気を持っているのに、あなたは娘を頑張れって送り出せないの?」 「これが男ならそうしたさ。命を張って国と家族を守れと。でも、メレは大事な娘だ」  呻くように言う父の肩を母は抱きしめる。 「男も女も関係ない。戦う時は誰もが立ち上がらねばならないのよ。私たちがサポートすれば、メレはやり遂げるわ」  国家警察への再度の連絡はすぐに行われた。だが、返信はない。  メレはすぐに基地に戻って飛行機を運ぶ為に馬車を用意する。大人たちも集まって来て、青い翼を持つ美しい機体に感嘆をあげた。 「これを君たちだけで作ったっていうのか」 「エバ杯に出たら優勝できるだろう」  口々に褒められたが、この機体が湖の上を飛ぶことはもうないであろうことは明白だ。 「メレ、村長が書簡を用意してくれた。子供の戯言なんかじゃないって分かるはずだ」  父から書簡を貰って、メレは胸にしまう。 「急がないと」  メレは森の秘密の道を皆と青い機体を引き連れて崖の方へ急ぐ。  彼女が崖の上から単眼鏡で着地点を確認し、周辺の安全を見極めているところへミーヤが風の向きを報告する。 「分かった。これなら行けそう」  メレはバースの為に用意したヘルメットを被り、機体へ乗り込んだ。空へ飛び出すには機体を前方へ皆に押してもらわないといけない。  願いを込めて、皆の手が青い翼に伸びる。 「行ってこい、メレ」  父親の声と共に青い翼が空を切り裂くように飛び去った。    
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