青葉の扉

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 空は青く、伸びあがる木々の枝はまだ青々している。カルロ湖の南と北では植物の生育状況が違う。ドルビー王国の側の森は、まだまだ青々としている木々に覆われているのだ。  崖から飛び出して、最速で目標地点に降りた。降りた、というよりも、落ちて引っかかった、というのが正確な表現だが、それが理想の着地方法だったのだから仕方ない。  メレはひっかかった木の上から地上へ飛んだ。所々体に傷ができてしまったが、事は一刻を争う。走って走って、ドルビー王国軍が陣営を作っている場所を目指す。濃い緑の木々はメロン村のものと違って視界を隠す。  息が切れ切れになっても、メレは走る。  青い緑の扉が開けた。  メレは息を呑んだ。  物々しい数の軍人が戦いに備えて隊列を組んでいる。メレは丁度彼らの背後に出て来たのだが、それに気が付いた軍人が眉を寄せてメレの体を拘束した。 「私はメロン村の者です。これを、責任者の人に。村長からの書簡です」  必死で言うと、その軍人は黙って書簡を確認し、メレに微笑みかけた。 「勇気のある少女に感謝する」  彼は近くにいた自分の部下にメレを託し、自分は陣営の奥へ入っていった。  しばらく惚けた様子でメレが立っていると、先程の軍人が戻って来た。 「こちらへ。もうすぐ攻撃がある。危険な場所にはいさせられないからね」  彼は上位の軍人らしく、彼が通るとあちこちの軍人が敬礼をする。 「あの、大丈夫なんですか」 「何が?」  おおよそ戦いの前には不似合いな温和な表情で彼は聞き返してきた。 「攻撃を受けるって」 「ああ、君が国家警察に知らせてくれたんだろう?すぐにこちらへ連絡があった。攻撃場所を特定するのに難儀したが、まさか君がここに現れるなんて、正直人生最大に驚いた」  そんなに驚いた顔には見えないが、彼は笑って見せる。 「メレだろう?国家警察に兄がいるな?私は彼の上官だ」 「え?」  言われて、よく見てみれば、彼は黒い国家警察の制服を着ている。回りを固めていたのがドルビー王国の紋章の入った軍人だったため、彼もそうだと誤解したらしい。よくよく見れば、確かにあちこちに黒い制服が点在している。 「彼らは無事だ。国境に待機してはいるが、ここから先は誰も通さない。安心したまえ」  そう聞くと、安堵の為か力の抜けていくメレを慌てて支えて、彼は名を名乗った。 「私はガーレン将軍。国家警察と軍の指揮官を兼任している」 「え?」  メレの目が点になる。  ガーレン将軍と言えば、ロベッカ国の皇太子だ。軍を統率してはいるが、国家警察に関係するとは聞いていない。 「傷の手当てをしておこう。攻撃が始まってからでは医師の手が足りなくなる」  彼に手を引かれて白い割烹着を着た女性の前に立たされる。 「医師長、この子の傷の手当てを頼む」 「あら、もう攻撃を受けてしまったの?」 「木に引っかかって、落ちたんです」  正直に言うと、彼女は微笑んだ。 「立派な戦士の顔をしているわね。さあ、消毒しておきましょう」  椅子に座らされ、丁寧に消毒を受けている間、ガーレン将軍は腕を組んでメレを見ている。居心地が悪くなって、メレは、あの、と彼に声をかける。 「私も戦います」 「え?」  驚いた顔で彼はメレをさらに見つめる。 「せっかくここへ来たんですから、皆さんの役に立ちたいんです」 「決意は嬉しいが、素人が戦えるものじゃない。大人しく奥で待っていてくれ。万が一危なくなってきたら、国境の国家警察まで君を送り届けてもらう」 「私の計算では、帝国の軍隊が到着するまでにあと三十分ほどかかると思われます。敵は奇襲するつもりのようでしたので、ここで将軍が待ち構えているなんて、きっと想像していない筈です。だから、必ず撃退できると思います」  戦う方法を知らない少女に言われて、将軍は目を丸くしている。 「君を偵察隊に加えたい気分だよ」  将軍は探るようにメレを見つめる。 「オロンも頭が良いと思ったが、君も軍人に向いているかもしれない」  これは逸材を見つけた、と言わんばかりに彼はメレの手を握った。 「俺の下で働くか」 「え?」 「オロンに妹がいるのは知っていたんだ。メロン村に知り合いが多くてね。ここだけの話、メロン村は国の守りの要だ。村長は国家警察と通じているし、ガイドゥに勤務になるということは、軍隊との連携を保って任務に当たることになる。だから、君の兄は軍の一個隊を率いて戦う隊長でもある。任務の話は家族と言えどできないから知らないのも無理はないが、優秀な奴だ。メロン村から敵国の部隊の目撃情報が伝えられて、すぐに対応したのも奴だ。君と同じように敵の位置を計算したらしい。地図と睨めっこしてね」  兄と同じことをしていたのだと思うとメレは誇らしい気持ちになったが、それよりも気になる事があった。 「でも、国家警察は何もなかったって報告してきました」  少し不審そうに言うと、将軍は笑った。 「一般人を不安に晒すのは良くないと思ったんだろう。その辺は現場に任せてあるから。でも、村長の判断は違ったんだな」  それならそうと言ってくれれば黙って待機していたのに、とメレは不服気だ。 「この森は磁場が狂っていて、方位磁石も役に立たなければ金属性の乗り物も使えない。君が木製の飛行機を使ったのは正解だった」  そう言われても、自分の持っていたものは友情の詰まった青い翼だけだった。他の方法は知らない。 「村長も人が悪い。こんな秘蔵っ子がいるのに黙っているなんて」  将軍はもうメレを自分の配下にするつもりでいる。 「まあ、話は戦いの後だ。君が戦いたいと言うのなら君は後方支援。ここで怪我人を助けてくれ」 「分かりました」  邪魔になってはいけない。自分のできることをしよう、とメレは頷いた。  怪我人の介抱は学校で習ったことがある。それが通用するのかは分からないが。  メレは緊張した面持ちで最前線に立つ兵士を想う。 「大丈夫。彼らは負けないわ」  医師長と呼ばれていた女性が安心させるようにメレに言った。 「はい」  メレの予想した時間通り、どおん、という音ともに戦いは始まった。  火の手の上がる木々が倒れる音が聞こえてくる。怒声と、ぶつかり合う剣の音。やがて銃声も聞こえてくる。  緊張感で満たされた場所で戦いを肌で感じたメレは不安よりも絶対に負けないという決意を強くしていく。そして戦争など世界からなくなってしまえばいいのに、と思う。  そうなる為に、メレにできることをする。  木を燃やす炎の勢いが強くなってきた。森を覆う黒い煙と赤く大地を照らす炎が不気味に揺らぐ。 「いけない。風向きが」  メレは頭の中で計算し、炎を止める為に必要な物を考える。 「すみません、行きます」 「どこへ」 「火を止めないと」  言った時にはもう走り出している。  走りながら、戦況を知った。ほとんど制圧できている。ただ、敵の切り倒した木々が燃え盛り、乾燥した風が力を貸して広がっているのだ。 「メレ」  大きな声で呼び止められて、メレは将軍がそこにいることに気が付いた。煙がひどくなり、視界が悪い。 「どうしてじっとしていられないんだ、君は」 「火を止めないと。風がこちらに向かってきています。火がここを食いつぶしてしまう」 「ああ、だが、どうやって火を止める?消炎剤は巻いたんだが、効いていない」 「ドルビー王国には森に必ず水を積んだ飛行機があると聞いたことがあります」 「ある。だが役に立たんぞ。メーターは狂って、目視でしか進めない。しかも、この煙だ。道に不案内な君にはできない」 「できます。地図は暗記しています。風も読めます。運転も、したことないけど、資料で覚えました」  無茶苦茶な子だ、と将軍は呆れているが、メレの目に希望を見出だす。 「よし、いいだろう。しかし、消火航空機は一人では操作できん。私が操縦しよう。君は方角を示して水を撒け」 「はい」  二人で格納庫へ急ぎ、旧式の飛行機を引っ張り出す。水と消炎剤の入った樽を積んだものだ。 「将軍、行けますか」  乗り込んでエンジンを起動すると、メレは目を細めて前方を見ている。 「右に三十度、左に五度、のちに旋回、右に五度修正」  将軍が正確に言われた場所へ飛行機を運ぶ。メレは風の切れ目を読み、その場所から消炎剤を巻く。水はもっと火の近くで撒かなくてはいけない。 「君には機械の説明書なんていらなさそうだな」  前の席で将軍が笑って言う。  ほとんど視界のない世界を彼は器用に操縦している。 「メレ、応援が到着したぞ」  遠くに炎とは違う明かりを見つけて将軍が言った。 「我々ももうひと踏ん張りだな」  炎の勢いが弱まってきている。一番燃え移りそうな場所にメレの指示で飛び、水が撒かれる。  物凄い水蒸気に息がしにくい。  メレは飛行機の座席の中に置かれていたマスクをつける。こんな時用のものらしい。  思ったよりも過酷な飛行にメレは耐えた。  将軍の目に代わり、着地点を示して、メレたちは地上に戻った。 「ガーレン将軍、敵兵はすべて制圧しました」  部下がすぐに報告に走ってくる。 「よし。火もじきに収まるだろう。各隊、状況報告を急げ」 「はっ」  メレの目の前で的確に情報が伝達されていく。その間にも森は静けさを取り戻していく。  すっかり煙まみれになっていたメレは、明るくなった空を見上げてホッと息をついた。  ようやく息ができる心持ちだった。 「メレ!」  よく知った声が後ろから彼女を呼んだ時には、もうクタクタで、メレの意識はぷっつりとなくなってしまっていた。  
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