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次の日、主婦は待合室に来なかった。狐目の青年が中年の男より先に待合室に来ていて、男に一方的に話しかける。
「あのおばさん、精神的に参っちゃったらしくて、掃除係を止めたらしいですよ」
「へえ」
どうでもよさそうに男が答える。
「馬鹿ですよね、こんな社会の役に立つ貴重な仕事を自分からやめるなんて」
「どうしてそう思うんだ?ただの掃除係だろう」
男の質問に青年はきょとんとした顔をしてから答えた。
「だって、死刑になるべき悪人をこの手で処分できるんですよ!そんな素晴らしい機会めったにないじゃないですか!」
らんらんと目を輝かせて語る青年の熱さに、やはり男はなんの共感もできなかった。
この国における掃除係とは、死刑執行人である。
人口増加に比例して凶悪犯罪者が増え、死刑を施行する機会も一気に増加した。しかし、死刑を行っても行ってもとても追いつかない速さで犯罪者は増えていく。
とうとう公務員だけでは死刑執行人がまかないきれなくなり、国民から抽選で選ばれることになった。
選ばれた人間は病気など理由がない限りこの義務を拒否することができない。
(拒否することができないなら、受け流してしまえばいいんだ)
中年の男はボタンを目の前にしながらそう思う。
「皆さん、準備ができましたので私が3,2,1と…」
案内人が声をかける。壁の向こうで
「やめろー!この人殺し!人殺しー!」
今から廃棄される男の悲鳴が聞こえた。
隣で狐目の男が興奮した面持ちで呟く。
「先に人を殺したのはそっちだっての、社会のゴミめ」
案内人が口を開く。
「それでは、3,2,1!」
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