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はやく掃除を終えて家に帰りたい。椅子に座った中年の男はそう思った。
男が周囲を見回すと待合室には中年の男だけでなく、白いひげを携えた老人や丸々と太ったいかにも主婦といった様子の女性や痩せた長身の若者など実にバリエーション豊かな面々が10人ほど集まっている。
ここにいる全ての人間が抽選で掃除係に選ばれたのか、何の感慨もなくそう思った。
「すみません、ちょっといいですか?」
狐目の青年が男の隣に腰をかける。どうやら話がしたいらしい。
「なんだ?」
「あなたも抽選で選ばれたんですか?」
「当たり前だ」
国から手当てが出るとはいえ誰が好き好んで面倒くさい掃除係などするだろうか。
「そうですよね…いえ、本当に抽選で選ばれるんだなあと思いまして…掃除係が全国民から抽選で選ばれる法律ができたのはさすがに知ってたんですけど、身近で選ばれた人もいなかったので」
「今の国民の人数は2億人だぞ?18歳以下を抜いたとしても当選するなんてめったにない…そして当選したら拒否権はない。ああ、仕事が溜まってるってのに…」
ここに召集されるまでになんとか同僚に仕事の引継ぎをしたが1か月もここにいて掃除係をしなくてはならない。
青年が苛ついている男を見てから周りを見回すと掃除係に選ばれた反応は様々だった。主婦は青ざめて落ち着きなく貧乏ゆすりをしていたり、老人は悠々と構えていたり、実に千差万別だ。青年はというと高揚した気持ちを抑えられずどうしても口が軽くなってしまっていた。
「僕は誇りに思いますね。こんな社会のためになる貴重な仕事を任せられるなんて、そう思いませんか?」
「思わないね」
男にばっさりと切り捨てられても、どこか浮足立った様子でそわそわしている。
すると待合室にスーツを着た案内係が現れた。
「皆様、掃除の時間ですのでこちらへどうぞ」
そう言われると待合室にいた人たちはぞろぞろとついていった。
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