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絵の中に
一晩、ミキから絵を預かると、リュークは先程の部屋にこもって、絵と向き合う。
「この絵は何を訴えているのかな」
既に、絵の半分は落ち葉で埋もれていた。
ミキのおばあさんという若い女性の腹部の辺りまで、落ち葉は積もっていたのだった。
リュークはポケットから虹色に輝く手袋を取り出すと、両手にはめる。
ゴム特有の臭いが、リュークの鼻をつく。
その手で絵に触れると、手袋をはめた手ごとリュークの腕はするりと絵の中に吸い込まれる。
そのまま、トンネルを潜るようにリュークは身体を傾けると、絵の中に身体を滑り込ませたのだった。
「これは酷いね……」
自分の身体の腰下まである落ち葉を掻き分けながら、リュークはベンチに近づく。
何故か、落ち葉はベンチ周りだけ積もっており、遠くの木々の間には積もっていなかった。
そんな中、腹部まで埋まっているにも関わらず、ベンチに座り続けている若い女性に声を掛けたのだった。
「こんにちは。マダム」
若い女性は誰かを期待するように一瞬だけ上げるが、落胆すると顔を戻す。
「誰かを待っているのですか?」
「はい」
「それはこの絵を描いた人ですか?」
「……はい」
若い女性は宙を見上げながら続ける。
「私を置いて先に逝ってしまった人。必ず迎えに行くと約束した人。
それなのに……あの人は私を置いてしまったわ」
両手で顔を押さえると、肩を振るわせる。
「この絵のモデルを頼まれた時もそうだったわ。必ず迎えに行くって言っていたのに、あの人は迎えに来てくれなかった。
迎えに来なかった理由を聞いたら、『落ち葉が多くて、列車が止まって来れなかったって』。嘘ばかり。嘘ばかりついて……」
「……その時も、こんなに落ち葉が多かったんですか?」
若い女性は首を振る。
「ここまでは多くなかったわ。でも、あの人は山沿いに住んでいたから、これくらいはあったかも……」
「山沿いなら木々も多いので、本当に落ち葉が多かったのかもしれませんね」
「でもあの後、自分でも調べたら、あの日は列車が運休した記録はなかったわ。あの人は嘘をついたのよ……」
「それなら、他の理由で遅れたのかもしれませんよ」
「他の理由?」
「それを聞く為にも、まずは掃除をしませんか?」
「掃除?」
リュークはベンチの上に積もった落ち葉を掻き分けると、胸ポケットから取り出したチョークで何かを描き始める。
描き終わると、虹色の手袋で白い線に触れる。
白い線に描かれた絵のはずなのに、何故か虹色の手袋で触れると実体があるかのように、リュークの手の中にあったのだった。
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