さなえ

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 彼女の提案で、病院で診てもらうことになった。  昨日まで真冬だったのに、外は何故か暖かい。スマートフォンを見ると、カレンダーは、昨日から二年と三ヶ月が経過した日付を示していた。意味が分からない。  診察中、いくつか質問を受けた。自分の出身地、誕生日、住所。もちろん全部言えた。けれど、直近の記憶がどれもこれもズレていて、付き添いの「さなえ」とはまるで話が合わなかった。当然だ。今の俺には、二年と三ヶ月の空白の時間があるのだから。俺は、ある種のせん妄のような状態だと診断され、とりあえず定期的な外来で様子を見ることになった。 「でも、身体は悪いところが無くて、本当に良かった」  と、安堵の息を漏らす彼女は、俺の手を引いて繁華街を歩く。二年と三ヶ月が過ぎた街は、馴染みの店もあれば、新しい店もあったりした。周りをきょろきょろと見回して、記憶を整理しながら歩くから、しょっちゅう彼女の足を止めてしまう。 「大丈夫? ほら、行くよ」  俺を呼ぶ彼女の声は、ひたすらに優しい。 不思議な気分だ。ちょっと前までは、彼女の存在が、気味悪くて仕方が無かったのに。今では頼もしささえ感じてしまっている。 「さなえ」  俺は親しみを込めて、彼女の名前を呼んだ。  彼女はにっこりと笑って、「なあに?」と甘えた声を出す。鮮やかな緋色のワンピースの裾を揺らして、俺と向き合ってくれた。背が高い上にヒールを履いているから、目線がぴったりと合う。すごく照れ臭い。 「ありがとう」  けど踏ん張って、感謝の言葉を送った。  正直、彼女がいなかったら、この意味不明な現実に向き合おうと思えなかったから。 「何言ってんの。もう、五年の付き合いでしょ?」  今、彼女は、なんて、いったんだ?  街を行き交う人の声が、聞こえなくなった。  車の音もしなくなった。  ただ、街中に流れるポップス歌手の歌声だけが、頭の中に響いていた。 ずっと一緒だよDarling 私との時間(とき)に閉じ込めて  聞き覚えのある歌だった。
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