伝説

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伝説

 シュミットは体の熱さ、熱気で目を覚ます。周囲に燃え盛る炎。上空からは翼の生えた黒い竜達が、地上に向けて赤黒い炎を吹き付けていた。  半壊した洋館は、屋根や天井が何か強い風で吹き飛ばされたかのように、はがされていて、空から丸見えの状態になっていた。  奇跡的にこの洋館がその炎から守られている理由は、先生を含めた仲間達が、魔法を使って持ちこたえているからだった。  シュミット自身は、アルディガザードから発されるエネルギーによって加護を受けており、幾度となく黒い竜達から吹き付けられた炎は、アルディガザードが防いでいた。  時々洋館の外から上空に向けて青白い光の筋が放たれて、上空を飛び交う黒い竜達を打ち落としていた。だが、多勢に無勢である。たかだか数匹を打ち落としたところで、目に見えて数の差で圧倒される状況に変わりはなかった。  上空に向けて青白い光の筋を放っていたのは、先生だった。先生が直接洋館へ突入して来る黒い竜を見つけては、それを魔法で薙ぎ払っていた。  他の仲間達は?  シュミットがベットの上から体を起こす。何日間眠っていたのだろうか。体が硬い。あまりにも硬くてぎこちなくて、ベットから立ち上がろうとして、床に転げ落ちてしまった。  なんとか立ち上がると、ベットの傍らに立てかけられていた、アルディガザードを手に取る。  そこに先生が部屋のドアを開けて入ってきた。ドアと言っても、それを開けなくとも、この部屋に簡単に入れるくらい、周囲の壁は壊れていたが。  「やっと気が付いたのね。」  「これは・・・どういう状況なんですか?」  「あなたが竜のうろこの粉を飲んだ後、すぐに”ミカエル"は復活したの。でも・・」  「でも?」  「ミカエルはルシファーと決戦に及んで負けたのよ。」  「え!?」  「私達は神と悪魔の戦いに終止符を打つ事ができなかった。悪魔たちは一気呵成、地上のほぼ全てを掌握して、火の海にしてしまったわ。まぁでも、救いなのは、この世界がたまたま人間の世界から完全に隔絶された、虚構の世界だったって事。虚構の外側には、もっともっと広い世界が存在しているわ。」  「みんなは?」  「イザイアは死んだわ。」  「え!!!」  「何故死んだかは言えない。竜と戦って死んだ、とだけ言っておくわ。他のみんなは、虚構の世界に転送したの。転送って言うと語弊があるかな。つまり新しい世界に転生した・・・ってところかしらね。」  「じゃぁ、イザイアも転生した?」  「いいえ。イザイアは魂そのものが砕かれたの。だからもうこの世界にもどこの世界にもその存在は残っていない。」  「教えてくれ、どうしてイザイアは魂を消失してしまったんだ?」  シュミットは先生を揺さぶるように繰り返し繰り返し問うた。  「言いたくなかったけど・・仕方ないわね。教えるわ。イザイアはあなたが食べてしまったの・・。これも少し語弊があるかしらね。あなたの中からミカエルが復活する時に、触媒として使われたわ。」  強烈な衝撃を受けるシュミット。  「そんな・・・」  「でも、そのミカエルもルシファーに滅ぼされた。この地上は混とんとした闇に陥った。さて、あなたはどうする?」  「先生は何でこの洋館に残っていたの?転生すればよかったじゃないか。」  「いやよ。転生っていうか・・死ぬわけだし。まっぴらごめんだわ。私は仮にこの世界が虚構に過ぎなかったとしても、私はここで生を受けて幼年期も思春期も過ごしたわ。私はここで終わりたいの。」  そこに今までその会話を聞いていたかのような間合いでルシファーが現れた。  「わははは。弱弱しい人間どもよ。神を失いもうすがるものも無かろう。」  先生は手の平をルシファーの方に向けて差し出すと、周囲の大気から魔法をかき集めて、光の礫を作り出し、ルシファーに向けて何発も打ち込んだ。  ルシファーはそのエネルギーに動じない。  「神無き世には、精霊にすがるか。精霊も滅ぼしたいものだ。」  先生は無言の表情で繰り返し繰り返し、精霊によるエネルギーをルシファーに向けて打ち込み続けた。  「剣を構えて。」  「え?」  「シュミット。剣を構えて。」  「でも、あいつはドラゴンじゃない。」  「ドラゴンスレイヤーはドラゴン用の武器だけど、悪魔と戦っちゃいけない武器でも無いわ。」  「わかった。」  シュミットは剣を構える。  「ありがとう。私はこの世界が好き。たとえ虚構でしかなくても。みんなが生きたこの世界や時代や文化が大好き。」  先生は光の礫をルシファーに打ち込み続けながら、シュミットに微笑んだ。  「絢爛!!! ミカエル!!!」  先生が叫ぶとシュミットの体が輝き始める。  「90日間も良く眠ったわね。ミカエルが死んだなんて嘘よ。それはそこでずーっと、耳を澄まして聞き耳を立てていた、悪魔をおびき寄せる為の噂話よ。」  先生はシュミットを褒めながら説明をする。  その後はいくつもの古代語を語る。古代語は全く何を言っているのか聞き取れない。  次第にシュミットの背中から黄金の羽が生え、アルディガザードは金色の光に満ちた。  「た・・たばかったか・・。」  ルシファーが驚きおののいた。  「シュミットが寝ている間、悪魔の目を逸らす為に、ミカエルが死んだことにする。その為に一芝居打ったわ。」    「お・・・おのれ・・・。」  「シュミット、その剣を、早く、その剣でルシファーを倒して!」  「ぼ・・・ぼ・・・僕は! 負けない!!!!!」  シュミットはアルディガザードを強く握りしめて、ルシファーめがけて振りかぶり、そして振り下ろした。それに呼応するかのように先生も、最大級の大きさの光の礫をルシファーめがけて何発も連射する。  「目が覚めたのか!」  ジェギンが走りこんで来る。手には剣ではなく、黄金の弓と矢を構えていた。ジェギンは剣だけではなく、弓や乗馬にもたしなむ。  シュミットの復活に気が付いて、イザイアも駆け寄って来た。それと同時にシュミットが黄色と緑の光のスパイラルに飲み込まれる。手には大きな魔法の杖をもっていて、ルシファーから発される暗黒魔法を退ける加護を、シュミットに与えた。  「私の事、死んだ事にしたでしょ。このおばさんが。」 イザイアは相変わらずの口の悪さだ。  「誰がおばさんよ!」  ルシファーに対する怒りよりも、おばさんと呼ばれた事への怒りの方が強いように見えるのが不思議だ。  「シュミットが目を覚ましたら、私が死んだって嘘ついて、反応見たがってたわ。悪い冗談は全部聞き流して。なんて作戦なのかしら。ミカエルが生きているって言って悪魔牽制すればいいじゃないって、みんなで言ってたのに。先生言う事聞かないから。みんな元気よ。仲良く戦っているわ。3か月も戦い続けて、もう中級レベルの悪魔は相手として物足りないわ!神の御加護を!」  ジェギンもイザイアも先生も、そして他の仲間達も、この90日間、シュミットが目覚めるのを待って戦い続け、この洋館を死守したのだ。  当然一撃でルシファーは死ななかったのだが、繰り返し繰り返しシュミットがアルディガザードを振り下ろすうちに、ルシファーはその活力を低下させて行った。  あと一撃でルシファーにとどめをさせる、その時。もう一体の別の悪魔、ベルゼブルが忽然と現れて、弱り果てたルシファーを拾うと、そのまま地底へと消えていった。  「相手は悪魔。とどめを刺す事はできないわ。眠らせる事はできるけど。その秩序が崩壊する時は、宇宙そのものが崩壊する時。今は未だその時ではないわ。」  それ以降、上空に立ち込めていた黒い霧のような靄はどんどんと明るくなり、青空が広がるようになる。上空を埋め尽くさんばかりに飛来していた、黒い翼竜の姿も消えて行った。  地上に平和が戻った。  地下や山の洞窟などに隠れていた住民達が、ぞろぞろと地上に戻り、後片付けを始めた。家を焼かれた者やケガをした者の救助や救援が、各区画の管理者達の手によって進められた。  各区画ごとの自治は、ミカエルの法力が強く作用して急速に回復をした。区画を隔てる壁も再び復活をした。  それぞれの区画ごとに、様々な歴史や文化がある。その壁が壊れてしまえば、それらが流出し、相互に混ざり合う事になる。必ずしも区画を隔てる壁は悪い事ばかりでは無い。独自の文化を進化させて行く為には、とても有効な仕掛けである。  地上から悪魔が消え去り、そしてそれぞれの区画に対する認知が地上に広まる事で、各区画ごとの文化的な交流が始まった。  シュミットやイザイアも、その交流の波にのまれながら、旅行者として区画から区画を移動し、自分たちが元々住んでいた区画に帰った。両親や同じ区画の生まれ育った地域の人々と再会を果たす。  この後正式にシュミットとイザイアの結婚式が盛大に行われた。世界中を危機から救った、ミカエルの生まれ変わりとして後世を幸せに生きる事になる。 ***  「宇宙の秩序は絶対。だから我々はそれに逆らう事ができない。地上であまりにも秩序を乱すように我々が振る舞えば、そこに悪魔が巣食って天と地のバランスが狂う。バランスが狂った時、その調節の為に天使と悪魔が戦い、再び秩序を取り戻す。地上はそのように秩序が保たれるようになってはいるが、その度に支払われる犠牲が余りにも大きい。だから私達は学ばなければならない。宇宙の秩序と、自然の摂理。そして人としてのあるべき生き方を。」  10年後、大学の講師となったシュミットは教壇でこのように述べ、若い学生たちに向き合い、そして教鞭を振るうのであった。 (おわり)  
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