生還

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生還

 生き残った8人は波打ち際に見えるガラス状の壁に守られながら、草原に腰を降ろして輪になって並んでいた。  「この世界がこんな風に区画に分けられたのは100年前、天使と悪魔が戦争をした事がきっかけなんだ。結局ルシファーとミカエルは一つの魂の中に閉じ込める事で、つまりそれを双方の生贄として差し出す事で、天使と悪魔は一旦は戦いを終える事にした。その時魂を閉じ込める先の肉体となったのが、シュミット、君なんだ。」  先生は髪をかき上げながら続けた。  「この世界は地上から完全に切り離されている。つまりこの世界そのものが虚構。虚構の中で100年もの間、これが当たり前の世界だと信じながら、みんな生きて来たのだが、もうそれもおしまい。ルシファーが復活したからね。それと同時に、まだ君の中で眠っているミカエルも復活した事になる。もうすぐこの世界をいくつもの空間に分割している区画全てが消滅して、全ての天使と悪魔が解き放たれる。そしてその時、再び戦争が始まるんだ。」  「俺はジェギン・シュナイダー。ジェギンって呼んでくれたっていい。」  先生のボディーガードをつとめていた戦士がようやく名を名乗った。  シュミットはジェギンの持つ名剣に興味深々な表情をする。    「こんな男がミカエルの生まれ変わりね。」  イザイアがからかうかのように悪口を言う。  シュミットは何を言えぬままにうつむいた。  「少しは私の方見たらどうなの?いやらしい目でさ。大人なんだしさ。お・と・な♡」  イザイアがしきりにシュミットをからかった。挙句に両手に持っていた虫をシュミットの顔にこすりつける。  「やめろ!」  シュミットが大きな声を出す。すると途端に周囲に大きな風の気流が生まれ、また、雷鳴と同時に稲妻もほとばしった。イザイアが虫を両手に握りしめたまま仰向けにでんぐり返しを繰り返しながら、草原を転げた。  「開眼するか?」  ジェギンは顎に手を伸ばしながら首をかしげる。  「いや。まだね。」  先生は軽く首を振った。  そのままシュミットは意識を失ってそこに俯せで倒れこむ。そこを先生が両手で抱きかかえるように抱きしめて、倒れる事から守った。  衝撃波で遠くに転がったイザイアは、自分が両手で握りしめていた虫を、先ほどの衝撃で、自分の手で握りつぶしてしまったらしく、半べそをかきながら、虫の亡骸をみつめて、何かをブツブツとつぶやいていた。  「わ・・わたしの・・わたしの・・友達が・・・。」  「今日は解散。寝る場所はあそこの建物になるわ。」  先生はシュミットを抱きかかえたままに、遠くを指さして大きな洋館を指示した。  海岸線に白い砂浜。そして古びた洋館。その周囲を取り囲むかのように張り巡らされたガラスの壁。何と呼ばれているかはわからないが、いくつもある区画同士を隔てる為のガラスの壁であった。 ***  シュミットは気が付くと部屋のベッドの上にいた。ふと目を向けると、そこにはイザイアの姿が。目をらんらんとさせながらシュミットを見つめていた。  「ひぃっ」  シュミットは慌てて布団の中に顔を隠す。  「何よ。照れちゃって。あーあ。やんなっちゃうな。ねーあれだけやれば私の事嫌いになったわよね?絶対になるよね?」  イザイアは気が付けば金髪を両側にみつあみにして二つに結わえていた。いつもはズタボロのこげ茶や灰色の布切れみたいな服を身に纏っていたのだが、今日は赤いワンピースというか、ドレスのような姿をしていた。しかし部屋は薄暗く、わずかにろうそくの火が部屋の窓際でゆらゆらと燃えているだけだったから、あまりはっきりとは見えなかった。  「嫌いになった、って言って。」  念を押すようにイザイアがベットの上で仰向けな状態のシュミットに肉薄する。  「あーあ・・・。結婚かー。」  突然バタリと倒れこむかのように、床に膝をついてへたり込むと、肩からがっくりと頭を項垂れて、沈み込むような面持ちでシュミットを振り返った。  「・・・約束だから。抱いてください。シュミット様。」  そのまま、イザイアは赤いワンピースの背中のホックを外す。スカートのジッパーを降ろすと、生まれたままの姿になった。  ベッドで沈黙するシュミットの傍らから布団に潜り込むと、そのままシュミットの唇を奪った。 ***  翌朝、8名全員が一室の大広間で朝食となった。全員が一堂に会して、テーブルに沢山並べられた料理を食べる。あれだけ険悪な雰囲気だったのだが、気が付けば学校さながらのにぎやかさを取り戻していた。  ふざけて殻付きのロブスターをもって走り回る子供の姿や、フォークにゆで卵を二つも三つも差し込んで遊ぶ子供の姿もあった。  シュミットの傍らにはイザイアの姿があった。イザイアは腕組みをしながら二人で仲睦まじく登場したのだから、みんな最初は唖然となったのだが、二人がいい名づけである事は公然の事実であったから、すぐに何があったかは察しがついた。  「ミカエルが復活する為には、ドラゴンの生き血が必要。」  突然、その賑やかな雰囲気を圧迫するかのような声で、先生が言い放った。  「聞こえるかしら?ミカエルを復活させる為にはドラゴンの生き血が必要なの。」  シーンと部屋の中は静まり変える。一人だけその中でくちゃくちゃもぐもぐと音をたてながらご飯を食べつつける男児の姿。  「リーチャー・ルア!静かに!」  先生は手元にあったナイフを一本手に取ると、それをその男児に投げつける。それを男児の手元まで届いたタイミングで、魔法によって宙に浮かせたまま固定してしまった。  両手にあふれんばかりに握りしめていた、肉の塊や魚の腸をそのまま静かに皿の上に押し戻すリーチャー・ルア。  「ミカエルは復活させなければなりません。それも、区画が消滅して悪魔が戦争を始める前にです。」  「これを君に授けよう。」  名剣「アルディガザード」をシュミットに手渡すジェギン。  「この剣と出会ったは、私も16才の時だった。これは君に似合うと思う。」  そう言い残すと楽しそうに歩きながら、ジェギンは部屋の外に出て行ってしまった。  「世代交代ってところかしらね。さて。どうするのかしら?」  「先生は一緒に来てくれる?」  「私は他の子供達を守る為にここに残ります。」  「私が行くわ。シュミット。」  すっかりしおらしくなったイザイアは、頬を赤らめながらシュミットに寄り添った。  「そう。二人で行くのね。」  「はい。いいわよね、シュミット。」  「あ、うん、わかった。」  「よろしい。それでは私も世代交代と行くわ。私の英知の全てをあなたに引き継ぐわ。この地上を災いから救ってちょうだい。未来永劫。」  先生はイザイアの額にキスをすると両手で自分の額の中に手を突っ込み、額の中から、一本のスクロール(巻物)を取り出した。そのスクロールを今度はイザイアの額の中に埋め込む。  「これで完了よ。さぁ行って。時間が無いわ。」 ***  二人は洋館を後にする。洋館の中でははしゃぐ子供の声や、それを叱る先生の声。リュートを奏でるのはジェギンだろう。時々口笛混じりに唄を歌っていた。お見送りと言わんばかりに。  ドラゴンが住む洞窟の情報は既にジェギンから確認していた。この小さな村から20kmくらい離れた場所にある洞窟に住んでいる。  かつては賞金稼ぎの命知らずの冒険者が、名声欲しさに倒したとされるドラゴンも、近年ではその数を随分と減らしていた。  昔はこの地上ではいたるところにドラゴンの姿があり、空を飛ぶものもあれば、地を這うものもあり、水の中を行くものもあれば、氷の中に閉じ込められながら生きるものもあったと言うが。  今では数少ないその生き残りを、果たして戦って倒して良いものか、という議論ですら存在する。この時代において、ドラゴンは既に最強かつ伝説の存在ではなく、絶滅を危惧されるような古代の生き物としての存在感だった。  それを倒すのか・・。いささか気が引けるが。  シュミットはシュミットの心の中に宿る、ミカエルを復活させなければならない。そういう宿命を背負っていた。だからそれは避けて通れないのだろう。  「100年前の人間達は、ドラゴンが激減する事は想定していなかった。」  先生は旅立つ前にこのように言っていた。つまりはミカエルを封印をした時には、簡単に解けるおまじない程度だったに違いない。しかし時代が変わった事によって、とても難易度が高く、そして切ない出来事へと変わっていた。 ***  20kmという距離はとても遠い。洞窟迄三日かけて歩く事にしていた。1日目の夜も2日目の夜も何事も無く過ぎ去って行った。三日目の夜も何事も無く過ぎ去った。  目的の洞窟にたどり着くと二人でドラゴンに会う事が出来た。想像していたよりも小さな姿だった。  「ドラゴンスレイヤーね・・・。」  どうやら母ドラゴンのようだった。テレパシーで直接頭の中に話しかけて来る。返事の仕方は最初はなかなかうまく行かなかったが、段々と上手にやりとりができるようになった。  「私の血が欲しいのならあげるわ。」  ドラゴンは自分の体表のうろこを1枚ちぎり取ると、イザイアに手渡した。イザイアはうろこについた血を飲むように、シュミットを促す。  最初は指で味を確かめ。その後はうろこの裏側を舐めるように唇で血をすすった。  これで本当にミカエルは復活するのだろうか。  二人はドラゴンに別れを告げると、元居た洋館への道を戻る事にした。結局血を飲んでも何も変化無く。ミカエルが復活する事はなかった。 ***  「あーごめん。」  戻ると先生が頭を下げて謝った。  「何がですか?」  シュミットは不思議そうな表情をする。  「情報源が古かったわ。ドラゴンの血ではないわ。血なんて飲むのは200年前のひー婆さんの時代よ。今回必要だったのは、その手に持っているドラゴンのうろこよ。」  先生がピシっと指さして指し示すその方向には、後生大事にドラゴンの洞窟より持ち帰って来た、ドラゴンのうろこを抱える、シュミットの姿があった。  「ドラゴンのうろこを削って粉にする。その粉を飲んで90日もすると、封印は解ける。」  「90日も待つの?」  「そうね。昔からドラゴン周りの魔法は時間がかかる、時間がかかりすぎるで有名よ。」  「そうですか・・・」  結局シュミットは、イザイアがゴリゴリとドラゴンのうろこをすりおろし、口に運んでくれるまで、ベッドの上で眠りながら待った。ドラゴンのうろこの粉を飲み込むと、一種の幻覚症状にさいなまされて、気が付けば昏睡状態に陥っていた。意識不明だった。 (つづく)
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