初めての不一致

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初めての不一致

女子高生の太田歩美(16歳)には,特殊能力が一つある。それは,人の足跡を見るだけで,誰が作った足跡なのか,すぐにわかるという力だ。全く知らない相手の作った足跡でも,目にすれば,作った人の名前がふと脳裏に浮かぶ。 歩美は,小学校低学年の頃に,自分の力を発見したのだった。学校の遠足で,海へ行った時だった。友達と並んで歩いていると,友達の足跡が視界に入るたびに,自分の意思とは関係なく,その友達の名前が脳裏に浮かぶ。他のクラスメイトの足跡を見る時も,同じだった。思い浮かべようとしていないのに,足跡が目に入ると,名前がふと浮かぶ。 知らない人の,自分たちが到着する前の足跡を見ると,聞いたこともない,知らない人の名前が浮かぶ。歩美は,自分でも,これが不思議だった。 しかし,こういう特殊能力を持っていても,日常生活に役立つ場面が少ないため,発揮する機会がほとんどないまま,高校生になってしまったのだった。 ある日,歩美の学校に転校生が来た。 「吉田薫です。よろしくお願いします。」 男子転校生が余計なことを何も言わずに,とても短い自己紹介をした。調子に乗るタイプではないようだ。 吉田薫は,物静かな雰囲気だったが,とても優しい目をしていて,歩美は何となく好感が持てた。 帰り道は,たまたま薫君と一緒だった。薫君は,新しい学校に来たばかりで,まだ友達もいないから心細いだろうと,歩美は思った。声をかけることにした。 「薫君!一緒に帰らない?私もこっちだし。」 薫は,振り向いて,笑顔で頷いた。「ありがとう。」 二人は,歩きながら学校の話や部活の話,自分の趣味の話など,色々話した。 浜辺を歩いている時のことだった。薫の足跡を見ると,いつも通り,名前が脳裏に浮かんだ。でも,「吉田薫」ではなかった…「杉本透!?」歩美は驚いた。吉田薫というのは,偽名だということ!? 歩美は,自分の力を信じるか,薫(透)君を信じるか,一瞬迷ったが,16年生きてきて,自分の足跡で人の名前を占う能力は,一度たりとも外れた試しがない…。薫(透)君は,嘘をついている。吉田薫というのは,きっと偽名だ。でも,どうして偽名を使う必要があるのだろう?歩美は気になって仕方がなかったが,いきなり聞き出すわけにはいかない。 歩美は,薫君に何らかの秘密があると知って敬遠するどころか,ますます彼に惹かれていった。人に秘密があるというのは,どうしてここまで人を惹きつけ,血を騒がせる力があるのだろう…。 歩美には,わからなかったが,薫君とは,もっと近くなりたいと思った。四六時中,そのことばかり考えるようになった。最初,脳のただの一隅で十分だった歩美の中の「薫」というところがどんどん大きくなり,その一隅に収まらなくなっていった。 薫君のこの引力は何なんだろう?歩美は,この秘密を突き止めるべく,学校で彼をよく観察するようになった。 薫の目の奥に悲しみを少し隠しているような微笑み方,薫の寡黙とはいえ,言うべき事はちゃんとはっきりと言う性格,薫の空気を読み,その場にいる人みんなに的確に心配りができる優しさ…薫の全てに,自分の心が虜になっていくと歩美は感じた。遠くから見ていると胸が痛くなるくらい,歩美は薫君に近づいて,もっと深く知りたいと思った。 歩美は,人の足跡には,この力が潜んでいるとは,「足跡占い師」ながら,驚いた。歩美にとって,人の足跡には,その人の名前が,人の名前には,その人の命が宿っていると感じた。 長年,少しも役に立たずにいた自分の力がこうして人のことを知る手掛かりとなり,自分までその人に惹きつけ,虜にする力があるというのは,戸惑いを覚えつつも,有難い発見だった。自分のことを生まれて初めて特別だと思えた。 そして,生まれて初めて,足跡と名前の一致しない薫君という存在のおかげで,萌えるという感覚を覚え,自分にはそういう面があることを知った。自分は,恋が出来る存在だったのだ。これは,紛れもなく恋だ。 こうして,歩美は,薫君に惹かれ,萌えると同時に,その気持ちが抱ける年頃になった自分にも恋をしたのだった。
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