近づき

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近づき

歩美は,あらゆる手段を使って,薫に近づこうとしたが,秘密があるせいか,薫は周りとの線引きがきちんとできていて,誰をも受け入れない。 どの相手にも,同じように優しく接するし,付き合うが,親しくなろうとする人は受け入れないという雰囲気があった。薫の引いた自分と周りの線を超えようとすると,嫌われてしまう。歩美には,その気がして,名前のことが引っかかっても,聞き出せずにいた。 そこへ,ある日,良いチャンスが訪れた。歩美と薫の住む町の夏祭りの時期が近づいていた。薫は,転校したばかりだから,きっと祭りも初めてのはずだ。一緒に行く人がいるかな?歩美は,気になった。 その日の授業が終わると,薫は一人残り,黒板消しをしていた。黒板消しは,クラスのみんなが交代して,担当するお仕事で,その日がたまたま薫の番だった。歩美も,残ることにした。 「薫君,今度,夏祭りというのがあるけど,知っている?」 歩美が尋ねてみた。 「話は,聞いたよ。行かないけど。」 薫は,興味なさそうに答えた。 「なんで行かないの?一緒に行く人がいないから?」 歩美は,追求してみた。 「そういう祭り騒ぎが苦手だから…。」 薫は単純に答えた。 確かに,薫のような物静かな性格だと,お祭りはやかましく感じるかもしれない。歩美は勇気を出して、はにかみながら言ってみた。 「でも,せっかくだし…もしよかったらだけど…一緒に行かない?」 「歩美と?」 薫が聞き返した。 歩美は,名前を薫に覚えてもらっているだけで,なんだか嬉しくて,こそばゆかった。 「うん。もしよかったら…。」 「いいよ。」 薫が小さく微笑んで,言った。 歩美は,叫び出したいくらい嬉しかった。ただ,見逃せなかった。薫の顔が笑っていても,目は悲しそうに見えるということ。薫のその目の裏には,何があるのだろう?
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