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夏祭り
歩美は,初めて自分で浴衣を着て,髪の毛をセットした。今日が薫との初デートだと思うと,ドキドキして来た。どの髪型がいいかな?薫君は,楽しんでくれるかな?何を話そうかな?今日こそ,名前のことについて訊けるかな?
薫とは,学校の校門前で待ち合わせて,一緒に祭りに行った。
薫は,祭りが苦手だと言っていた割には,終始楽しそうに歩美に付き合った。
帰りは,ちょうど夕焼けが見える時間帯だったから,海辺の道を通ろうと歩美が提案した。
「今日は,楽しかった?」
歩美が薫に尋ねた。
「思ったより,楽しかった…歩美がいてくれたから。」
薫が少し照れながら答えた。
歩美は,この薫の答えを聞いて,顔がほてるのを感じた。
「ほら,見て!」
歩美は,夕陽を指差した。
二人は,立ち止まり,しばらく夕陽を眺めた。
歩美は,綺麗な夕陽に集中しようとしたが,少しでも俯き,薫の足跡が目に入る度に,「杉本透」と言う名前が脳裏に浮かび,邪魔をする。
歩美は,とうとう我慢できなくなって,訊いた。
「あの…薫君の吉田薫という名前は,本名?」
「え?なんで,そんなこと?」
薫がうろたえて,夕陽から目を逸らし,困惑した顔で歩みを見た。
「私はね…小さい頃からだけど…人の足跡を見ると,その人の名前が浮かぶの。わかっちゃうの。超能力というか…そして,薫君の足跡を見ると,「杉本透」という名前が浮かぶの…。」
歩美が自分の力について,薫に打ち明けた。
「その超能力が,一体何の役に立つ!?」
薫は,努めて和やかな表情を作って言ったが,無理をしていることが顔に書いてあった。額から汗が出ていて,どう見ても焦っていた。
歩美は,薫のこの反応を見て,反省した。何も言わなければよかった。でも,言ってしまったからには,もうあとへ引けない。
「全く役に立たない…でも,これまで一度も,外れたこともない。足跡と名前が一致しなかったのは,あなたが初めて。
本当に,吉田薫なの?それとも,やっぱり杉本透?」
「吉田薫に決まっているだろう!杉本透のことは,絶対誰にも話すな!そして,僕には,もう話しかけるな!」
薫は,怒っている口ぶりだったが,目に映っているものは,怒りではなく,恐怖だった。
「もちろん言わないよ…。」
歩美がそう言いかけて,頭を下げて,謝ろうとしたが,薫は,すでに歩美に背を向け,歩き去っていた。
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