秘密

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秘密

あの日から,薫は,歩美を避けるようになった。学校で出会っても,顔を背けるし,声をかけても,挨拶を返してくれなくなっていた。 歩美は,好きな薫君に敬遠されるのが嫌で,話し合ってなんとかしようと,放課後,先に帰った薫を必死で追いかけた。 薫にようやく追いつくと,嫌がられた。 「もう話しかけるなって言ったでしょう?なんで,追いかけるの?」 薫がイライラした口ぶりで言った。 「私は,薫君が好き!好きだから,祭りに誘ったの。困らせたいからじゃない。傷つけたくない…なのに,ごめんなさい。 ただ,時々薫君がとても悲しそうに見える時があって…私でもよかったら力になりたいと思って…名前のことを訊いた。 でも,話したくなかったら,話さなくていいから、もう一度友達になってくれないかな?もう訊かないから。」 歩美は,勇気を出して言った。 「わかった。あなただけに話す。」 薫の表情が急に優しくなった。 「僕の名前は,歩美が言う通り,杉本透だ。吉田というのは,母の旧姓で,透は,僕が気に入ってつけた名前だ。」 「でも,なんで?」 「杉本透という名前を使えば,犯罪者扱いをされるから…。」 薫が暗い顔で言った。 「どういうこと?」 「…僕が転校したのは,友達が自殺したことがきっかけ。友達が毎日のように,「透のところ行っていい?」って聞いて,遅くなっても一向に自分の家に帰ろうとしないものだから,母が心配して担任の先生に話してみた。そしたら,友達がおばあちゃんのところに行っていると親に嘘をついて,うちに来ていたことがわかった。その嘘が親にバレて,うちに来れなくなった。そのすぐ後に自殺した…。」 「なんで,そんなことになる?」 「殴られていた,お父さんに。自殺するまでは,知らなかったけど…お父さんは,暴力を振るう人で,お母さんが幼い兄弟を連れて出て行ったそうだ。でも,僕の友達は,学校があるからお母さんにはついて行かずに残ったみたい。だから,自殺した。僕のうちが唯一の逃げ場だったのに,担任の先生に話したせいで,その逃げ場はなくなってしまった。」 「でも,それでなんで薫…透が犯罪者になるの?何もしていないのに?自殺でしょう?」 歩美は,納得がいかなかった。 「友達のお父さんは,虐待を疑われて,取材されたんだ。そしたら,僕の名前を出し,僕がいじめていたことが原因だって全国放送の番組で言いやがった。僕はいじめていないのに…親友だったのに…。」 薫(透)はここまで言うと,泣き出した。 「でも,証拠はないでしょう?」 「なくても,関係ない!僕の名前が全国の人に,犯罪者の名前として放送されてしまったんだ!そうされたら,名前を変えるしかない。だから,母のご両親の戸籍に入り,下の名前は,自分で改名した。そうでもしないと,もうおしまいだったよ,僕の人生は!」 薫(透)は,涙が止まらなかった。 歩美は,薫(透)の肩に手をかけて,慰めようとしたが,彼を苦しめている現実が理不尽すぎて,言葉が見つからなかった。
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