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二つの足跡
次の日も,歩美は,さっきに帰った薫をまっしぐらに追いかけた。
追いついて,すぐに薫に笑われた。
「昨日話したことを聞いても,追いかけるの?前科付きだぞ,僕は。やめといた方がいい。」
「何も,していないでしょう?なら,平気。」
「歩美の力ってさ,名前がわかるだけ?誰と恋をするかとか,どんな死に方をするかとか,そういうことはわからないの?」
薫が訊いた。
「いや,名前だけしかわからない。」
歩美は,屈託のない顔で答えた。
「…全く役に立たない力だね!商売にはならないし,自慢も出来ない…せっかく超能力があるのに…なんか,悔しいね。」
薫が笑いながら言った。
私も,薫に出会うまでは,ずっとそう思っていた。なんの役にも立たない力だと。超能力に恵まれるなら,空が飛べるとか,未来がわかるとか,もっと格好いい力が欲しいと思っていた。
しかし,私の生半可な特殊能力のおかげで,薫の周りと引いた線を超えて,彼に近づき,ここまで親しくなれた。それが出来たから,不思議な力だが,全く役に立たない力とは,もう思えない。
だって,人の名前には,その人の命が宿る。そして,人の足跡を見れば,私にはその人の名前がわかってしまうもの。それだけで,素敵なことだ。
足跡も,不思議なものだ。自分が歩んだ道を示すと同時に,自分がこれから歩む道を導き出し,人の過去と未来を繋げる。自分の過去は,誰にも変えられない。誇らしい過去でも,薫(透)のような不条理で理不尽なものでも,一度起こってしまったことは,変えられない。
でも,自分の未来なら,命が尽きるまで,何度でもまた歩み出し,新しい足跡が残せる。新しい未来が築ける。
そして,その時に,歩美は恥ずかしながらも思った。太田歩美の足跡が,吉田薫(杉本透)の足跡と並ぶような未来になるといいなあなんて…。
終
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