私からピアノを取ったなら

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 日曜日。  眩しい太陽の下を、自転車を漕いでピアノ教室に向かう。ピアノの練習に一日たりとも休みはない。  教室裏にある自転車置き場に着いたら、声をかけられた。 「よーっす、(ひびき)。今日も仏頂面じゃん」 「……(がく)にはカンケーないでしょ」  私と同じ先生に習っている同級生の男子、(がく)だ。ちょうどレッスンを終えてきたところらしい。相変わらずのチェシャ猫みたいなニヤけ顔。  このピアノ教室内では一目置かれている私に、こうして気軽に声をかけてくるのは彼だけだ。 「カンケーなくはないよ。いちおー友達だし?」 「へー、そうだったんだ」 「もーすぐ出会って二年近く経つのに、ひどくね!? 響ってほーんとそっけねえよなぁ、ピアノが友達って感じでさ。なあ、学校でもそんな感じなの?」 「……ほっといてよ」 「あ、良いこと思いついた。たまにはレッスンさぼって遊ばねえ?」 「馬鹿じゃないの? ありえない」  実は、楽のことが少し苦手だ。  彼を見ていると、心の奥底でなにかが蠢くような感じがして。  明らかに校則を破っているであろう金に近い茶髪も。人のことを見透かしているような、色素の薄い瞳も。上手いわけじゃないのに、心の底から楽しそうにピアノを操る姿も。  ずっと眺めていると、不安定な気持ちになる。 「もうレッスン始まるから、行くね」 「なあ」  そっけなく背中を向ける私に、それでも会話を続けようとする彼は、やっぱり自由だ。 「響ってさ、どーしてピアノを弾いてんの?」  そんなの、決まってる。  振り返らずに、吐き捨てた。 「私からピアノを取ったら、何にも残らないからだよ」
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