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ギャーギャーとうるさいテレビを横目に見ながら、私は味のしないご飯に箸を突き立てる。最近は、テレビの音にも敏感になってきて長時間見れないようになってきた。それにご飯を食っても泥を食っているような気がしてならないし、生きることの楽しみさえ忘れてしまった。
あぁ、もう時間か。
暗い部屋では殊更チカチカと目立つテレビを見ると、お馴染みのオープニング曲が流れ始めるところだった。
「もう…六時半か」
独りごちてみても、虚しいだけだ。目の前のコンビニ弁当も既に冷めきっていて、食べ頃はとうに過ぎていた。
私は一つため息を吐くと、手元にあったリモコンでテレビの電源を切る。一瞬にして静かになった部屋には、私以外誰もいない。
「サザエさん症候群」
コンビニ弁当をテーブルの端に寄せて突っ伏した私は、そんな迷信じみた名称を呟いてみる。
日に日に増えていく薬と、削がれていくやる気。挙げ句の果てに、生きていく理由まで奪われそうになっているのに、誰も助けてくれない。
「助けてよ、誰でもいいからさ」
呟いたSOSに返ってくる返事なんて無いって知ってるのに。自分で捨てたのだから。
「どう助けるの?」
真っ暗だった部屋で、静かに声がした。別にホラーは好きじゃないけど、神とか幽霊とかは私に危害が加わらないなら居てもいい。つまり、正直どうでもいい。だから向こうが殺気をお供に近づいて来るのは論外だけど、質問されただけなら一応答えはする。
それに、その声は望んだ人のモノに似てたから。
「まず薬いらない」
「駄目」
即答かよ。
「じゃあ、暖かい飯が食べたい」
「…他には?」
「楽しみが欲しい」
「…他には?」
「仕事滅びろ」
「…他には?」
「他には?しか言わないじゃん」
私が唇を尖らせると、
「本当は何を望んでるの?」
と問われた。
君は誰で、私は誰で、これからどうなるのか?なんて知らない。分かんない。
ただ一つだけ欲するならば…
「君が帰ってきて欲しい」
久しぶりのデートだったのに。音が苦手になって、日中外に出れなくなったから。楽しみにしてたのに、結局喧嘩なんかして。別に疲れてたのは否定しない。仕事も上手くいってないのも否定しない。気を遣ってくれたのも知ってる。
サザエさん症候群なんていう一時的な問題じゃないことも、全部分かってる。きっとこれから、薬ももっと増えていく。君にはもっと気を遣わせる。
居なくなってって、離れてって願ったのは私のはずなのに。
ただ、君に見捨てられるくらいなら、私から幸せを捨てたかった。
「見捨てない。大丈夫だよ。良くなる。きっと良くなるから」
君の言葉は、私の傷から血が溢れ出すのを止めてくれる。痛みが和らぐ気がする。憂鬱な気分が、少し明るくなる。
パチリと電気がつく。暗闇に慣れた視界は突然の明るさに所々白飛びしてるけど、君の姿だけは鮮明に私の目に映し出された。
「ただいま」
ちょっと寒さで頬が赤い君は、いつもと変わらずそう言った。
あったかいご飯作ろっかって、ほとんど食べてないコンビニ弁当は取り上げられて、その代わり美味しそうな匂いが部屋に漂う。
私は思い出したようにテレビを付けた。次回予告の途中だったそれを見ながら、私はゆっくり君を眺める。
「テレビ大丈夫なの?」
「うん、今日はね」
明日はどうなるか分からない。けど…じゃんけんに勝ったので、今週もどうにかなるだろう。
私は笑って少し遅い「お帰り」を言った。
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