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アンチサイクロン
☽2019年八月一日
ふと、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。それは主に、町を歩いているときだ。それも、美しく整備されてしまった道で、ではなくて、ちょっと汚い細い道、まだ田舎臭が漂う寂しい道、もしくは夜の住宅街で。残念なことに父はもうタバコをやめてしまったから家の中でその匂いをかぐことはもうない。少なくとも、あと四年は。
「あ」
ふと、足を止めた。家にほど近いコンビニ。その喫煙スペースで照明に照らされながら一人、会社員と思しき男性がタバコをくゆらせていた。夜と、白い光。そして、蛍みたいに弱々しく、ちらちらと点滅する赤。
あれと、おんなじ匂いだな。
それをかぐときは、とりわけ胸が痛くなる。太ももの内側についたあの痕が、じわり、と痛む気がする。
――ジジッ。
どこかで寝ぼけたアブラゼミが鳴いたようだ。
私はその弱々しい光に背を向けて、家へ向かって歩いて行った。
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