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『最悪の結末を乗り越えて』
家に帰ると、一本のDVDが送られてきていた。透明のケースには、『第5回異端能力デスゲーム』と書かれている。
怪しみながらもプレイヤーに入れると、テレビにぼやけた映像が映った。これは、記憶?
人差し指がテレビの画面に触れた刹那、僕の頭の中に見た事のある映像が流れ込んできた。
[また機材トラブったみたいです!そうだ、新年のビデオでも撮ってみましょう!そういうお告げが来ました!]
会議室に響く声にこの人は何を言ってるんだ。と、思っていたらキュウがビデオカメラを見つけてきた。本当に彼はそういうものを何処から持ってくるんだ…
「折角ですし撮りましょうよ!こう言ったらなんですけど、次落ち着けるのがいつかんかんないですし。」
確かに、キュウの言う通りだな。僕は興味無いが。それに、新年と何の関係があるのかもわからない。
「いいんじゃない?ねぇ、皆?」
ヤジルシがキュウに乗っかって、始まりそうな感じがする。
「エイルさん、静かじゃないですか?」
ヤジルシに声を掛けられてエイルが狼狽する。
「い、いや、僕は…」
首を横に振るエイルだが、ノリノリのヤジルシさんに連れて行かれる。
成る程、エイルはカメラに慣れていないのか。これは良い弱点を知ったかもしれないな。
「イーさんも、ほら。」
まぁ、来るとは思った。
「仕方ないな。」
僕が立つと、キュウがカメラを持って皆の前を一周した。
「じゃあクチナシさんにトップバッターお願いしていいですか?」
「あ、僕?いいよー。」
快く頷いたクチナシはポケットの中に隠れていたケリーを肩の上に移動させた。性格上のものなのか、あまり緊張はしていないようだ。
「いきますよー。3.2.1...」
「明けましておめでとうございます。今年は晴れやかな一年になることを願っています!」
キュウはそのまま床をスライドし、タケシの前に立つ。流れてくる訳だな。
「あ、俺か。」
ビシッと姿勢を整え、かしこまった様子のタケシはキュウに向けて一礼する。見た目からは想像もつかない礼儀正しさだ。
「えー、明けまして、おめでとうございます。昨年もお世話になりました。今年もよろしくお願いします。」
思ったより堅い挨拶だった。この人、ただの筋肉ではないようだ。そして次はシーナの前へ。
「明けましておめでとうございます!お年玉ください!」
元気よくキュウに向けて手を伸ばしたシーナをケイがたしなめる。僕から言わせてもらえば、そういう挨拶も悪くない。場も和むからな。
「ええ、えっと…その…」
シーナを止めた時の表情とは打って変わって固まったまま口元だけが覚束無い様相のケイ。カメラを向けられるのに慣れていないのか、そもそもずっとこの調子なのか、わからないがこれでは進まないぞ。
「キュウさん、ケイは最後に回そ!」
シーナのフォローでキュウはマドカとアイの前に立つ。
「謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。本年もお引き立てのほど宜しくお願い申し上げます。…で良いのかしら?」
「明けましておめでとう!今年もアイはいっぱい頑張るね!」
二人が並んで違った挨拶をしている姿はまるで本当の母娘のようだ。
「次は…」
キュウがカメラを向けるより前にヤジルシさんは笑顔を作っていた。
「明けましておめでとうございます!今年も柊山書店をよろしくお願いします!」
これが営業スマイルか。別名社会人の武器。とかなんだか言っているうちに順番が迫ってきたな。
流れに乗せられてきたが、結局普通の挨拶でいいのか?まぁ、何と言われようが僕は普通の挨拶をするが。
「明けましておめでとう。私は目標がある訳では無いが、君が立てた目標を応援することくらいは出来るさ。」
「君って誰の事を言ってるんですか?」
悟りの極地に至ったようなテイの挨拶にそれを聞くのは野暮という他ない。
「それはご想像にお任せする。ところで、何やら赤いランプが点灯しているようだが。」
言われてみれば、カメラのランプが赤く光っている。確かあれは…
「ヤバいッス!もうすぐ電池切れちゃいます!」
キュウがテイにカメラを手渡して残っている僕、エイル、ケイを一箇所に集める。どうやらまとめて撮るようだ。
「行きますよ、せーの…っ!」
「「明けまして、おめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」」
四人それぞれ調子もタイミングも違ったが、思いは伝わっただろう。それにしても、どうして新年の挨拶なんだ…?
こんな事もあったな。と、暗くなった画面から離れる。僕にとってはあのゲームの全てが、大切な記憶だ。
そういえば…もうすぐやってくるな、彼らが。
廊下を歩く足音が聞こえてくる。僕は玄関の前に立って彼らを迎えた。
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