2.眠っていた過去と真実

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2.眠っていた過去と真実

 冬休みを明日に迎えた俺は彼女、千葉彩花とともに喫茶店『アッティモ』へ向かう途中だった。  狭い横幅の道を歩いている時、運悪く正面から大型トラックが猛進してきたのである。さながら暴走列車のように右や左やと行先が変わり、一見避け場が無いと思った俺だったが、ようやく避けられる空間を見つけた。  だが、その時。  千葉は恐怖のあまり、立ち尽くしていた。  そして俺を横切るようにトラックは彼女だけを呑み込んでいってしまった。  俺は惨憺たる現実を目に入れたくはないと一度瞼を閉じた。  どう考えても体はむごいことに潰されているに違いない。  救急車を呼んでも助からないほど、無残になってしまっているはず。  俺は恐怖に溺れながら、それでも抗おうと瞼を開けようとした時。 「なんで、目を瞑ってるの?」  視界が真っ白になり、何もかも見えない状況で一言、聞き覚えのある女子の声で。 「おーーーーい、トモーー?」  二度。耳元で囁かれた。 「ねえってば!!」  そして三度目には、鼓膜を突き破るかのような声量で怒号が聞こえた。  目が周囲の環境に慣れると、正面にはカラ元気で、ミディアムヘア、毛先が少し丸まっているのがチャーミーで、寝起き顔をぜひとも見てみたい女子。  目の前でトラックに押しつぶされた千葉彩花だった。  我を取り戻すように俺は眼前に広がるあり得ない光景をその主に聞いた。 「さっき、トラックに轢かれたんじゃなかったのか・・?」  すると何を言いたいのか、まるっきり分かっていないと言いたげに。そう、この後訪れる行先を決めるときにとった不満そうな表情と仕草で。 「もしかしてさ、トモったら頭でも打ったんじゃないの?ちょっと言動がおかしいから、病院にでも行く?」 「え、だってさっき前から・・」 「トラックなんてどこにあるのさ?」  俺はすぐに納得した。千葉がなぜこんなにも俺を不自然そうに見つめるのか、そして呆然としている俺をどうして怪しく思うのかを。  トラックなど、いやそもそも車一台たりとも周りには全く見当たらなかったのだ。  どうやら24日クリスマスイブに都内某所のイルミネーションへ行くというのは変わらぬ事実のようだ。  喫茶店『アッティモ』でお茶をしている時に、彼女から聞いた話によると、トラックが突っ込んでくるまでの会話の内容は全てそのままだったし、ただ、そのトラックの一件だけが千葉の頭からすっぽり抜けているようだった。  喫茶店を後にした俺たちはそのまま何事もなく帰路につき、自宅についた俺自身は自分の部屋に籠ることにしたのだった。そして今に至る。  ベッドに仰向けになりながら、天井を仰ぐ。  今日は酷い一日のような気がした。今まで、生きてきた以上に精神的に喰らった日のようだった。  そういえば。  と、ふと何気なく、きっかけもなしにある疑問が過った。    千葉と付き合ったきっかけって何だったんだっけ・・・・  あの時ーー俺と千葉が初めて会った場所は大学のメインホールだった。    一つ、中学、高校と静かなポジションを位置取っていた俺は案の定、他の知り合い、同学部、同学科の人間とも関わろうとせず、端の席に座っていた。顔馴染みなのか、知り合いのような人は、それでコロニーを作るように集団が出来ていて、そこに入り込む人も少なくなかった。  だが、俺だけは一人だけ孤独ながら席に座っていた。あまり着慣れないスーツで違和感を感じていた俺は突如、空いていた隣の席に座り込んできたことに気が付かなった。  その人物は何の躊躇もなく聞いてきたのだ。知り合いかどうかなど関係なしに。 「ねえ、キミって友利智(ともり とも)君?」  初めて大学に入学してーーまだ入学式をしていないけれど、早速名前を間違えられるとは俺も思ってもいなかった。というか、小学、中学、高校と間違えられたことは一度たりとも無かったし。  だから俺は不躾ながらも、 「は?」  と答えるしかなかった。相槌のように、質問を質問で俺は返したのである。そこで再び千葉は聞き返してきた。 「だから君は友利くんって呼ぶの?」  さすがにこれ以上、疑問を疑問で返すのは初対面だったこともあり、失礼だと思ったので俺は「そうですけど」と仕方なく答えた・・のだが。 「くくくく・・・・」   顔を胸にうずめるようにして笑っていた。初対面で、面識が無い人の顔と名前を確認しただけで笑いを込み上げていた。 『なんだこいつ』  俺はひしひしと自分の胸底から込み上げていた。  いきなり横に座ってきて、それでいて名前だけを質問して笑うなんて一般人の常識の範囲外だろう。  はやく、この突如笑い出した人から離れたかったけれど、周りには独自の会話で盛り上がっている連中が集団を作り上げていて、どこも通れない状況だった。  だから仕方なくだ。俺は隣の人物に、笑っている理由を訊くことにしたのである。 「そんなに笑って何がおかしいんだ?俺の顔に何かついているのか?」 「ふふふふふふふっあはははははっ。だってそりゃあ、おかしいでしょ!!氏と名前が被ってるんだよ。普通そんなことしないでしょ」  もし、その名前を付けている親がいたらその人に頭を下げろ。俺は率直にそう思った。てか、そんなことで、しかも勘違いでそこまでツボにはまることではないだろう。たかが、友利(ともり)(とも)ぐらいで・・・・限界がある。 「って、それだけのために隣に来たのなら早くどいてくれないか?あいにく俺は独りのほうが気休めになるんでね」  これ以上関わると面倒事に発展しそうに見えた俺は早めに拒絶すると、意外な返事、というか、もはや尋常ではない返事が返ってきた。 「ねえ、キミっていつも一人だよね?」  そうして、足早と大学を後にしようとした俺を引き留め、いきなり「私と付き合ってよ」などと軽々しく交際を申し込まれ、現在に至っているのである。  そうだ。俺が彼女と付き合い始めた理由なんて、結局、真っ当な答えは出ていなかったんだ。
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