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俺はキケロ・ポルテス。14歳平民。
今、わけあって初対面の婆さんに土下座している。
「頼むよ婆さん!妹の命が掛かってるんだ!」
妹が珍しい病気に罹った。でも特効薬があり、金さえあれば命に関わるような病気じゃない。
「可哀想だけどダメなもんはダメさ。魔の森には国の許可が無きゃ入れない。アタシの言うことを聞かないヤツも入れない。そういう決まりなんだよ」
問題はその金額で、平凡な平民そのものの俺の家ではあちこちに頭を下げて借金しても到底用意できそうになかった。
そんなとき偶然儲け話を耳にした。
魔の森に生息する黄金甲虫という虫の羽根はほんの数枚で上流街にお屋敷が立つほど高く売れるらしい。
「そんな…妹の治療にどうしても大金が要るんだよ!」
ただ肝心の魔の森は王国管理下にあり許可がないと、つまりこの管理人の婆さんが首を縦に振らない限りは誰であろうと入れない。
「金が要るなら真っ当に働きな。一攫千金なんざ千人にひとり、いや万人にひとり掴めりゃ上出来さ。それで残りの九千九百九十九人はどうなるか知ってるかい?」
「それは…」
「破滅するんだよ。それも大抵死ぬ。なにも残せず、成し遂げられず、それどころか家族友人に酷い厄を押し付けて死ぬヤツだってごまんといる」
「…」
「そんな屍の山の天辺で、ようやくほんのひと摘まみのヤツだけがお宝を手にするのさ。アンタみたいなガキにそれができるってのかい?若い命だ、そんな幻みたいなもんに張るより地道に稼いだほうがまだ可能性があるってもんだよ」
「ぐっ…でも、そんなんじゃ絶対間に合わない!頼むよ!」
婆さんは大きな溜息を吐いて少し黙ったあと、ぽつりと聞いてきた。
「アンタ、親は居るのかい」
「あ、ああ。いるよ」
「妹が死んでアンタも死んじまったら、残された両親はどうなるんだい?」
「あ…」
想像してしまった。妹が死に、俺も行方をくらませ帰ってこなくなった家の中を。毎日泣き濡れて暮らす母さん、酒浸りになり荒れる父さん、誰もいない子供部屋。
「妹が死ぬとなりゃあアンタも辛いだろうさ。でもね、子供が死ぬなんざ親にとっちゃ自分が死ぬより辛いことなんだよ」
婆さんの声が優しくなる。
「それこそ一度にふたりも失ったら、自分たちまで死を選んでもおかしくない。妹思いも結構だが、親の気持ちも考えてやりな」
「そんな…」
誰もいない子供部屋の天井からぶら下がる両親を想像してしまい、心臓が締め付けられるような怖気を覚える。
「親のことは嫌いかい?」
「そんなこと、ない…」
「だったらまずは自分の命を大事にしな。それが親孝行ってもんさ」
俺はそれ以上なにも言えずに小屋を出た。婆さんの言葉は不思議と実感を伴っていて、とても反論できる気分じゃなかった。やっぱり俺みたいなガキが大金を手に入れるなんて無理なんだろうか。
最悪の気分で街へ戻る道を行くと、小屋から十分に離れた辺りでひとりの男が声をかけてきた。
「よお坊主、どうだった?」
俺に黄金甲虫の話を教えてくれた男だ。名前はゲイス。四人の仲間と賞金稼ぎや遺跡荒らしで生計を立てる、いわゆる冒険者ってやつなんだそうだ。
俺は俯いて首を横に振る。ゲイスは溜息を吐くと横に並んで俺の肩を叩いた。
「そう落ち込むなよ。“黄金甲虫の羽根”さえ手に入りゃ一生遊んで暮らせる金になる。お前の妹も薬が手に入りゃ良くなるんだろ?諦めんなよ」
「でも…」
俺は不安だった。そもそもそんな簡単に大金が手に入るなら、なんで婆さんは森の管理人みたいな仕事をしてるんだ?
「おいおいなんだよ辛気臭え。婆さんに説教でもされたか?まあ気を落とすなって。婆さんのツラは?小屋ん中はどんな感じだった?飯でも食いながら聞かせてくれよ。な」
ゲイスはそんな俺の気も知らずに半ば引きずるように街はずれの崖っぷちに建っていた小屋を離れ、宿屋へと向かった。
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