猫が死んだ

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8時。 ガタンと、テーブルの方で音がした。何かが落ちた。それが何かは分からない。 工事の音が聞こえなくなった。雨の音も聞こえなくなった。 しばらくしたら、また雨が降り始めた。 さっきよりも、さらに強い雨だ。 ぽつりぽつりと落ちた雨は少しずつ大きくなって、やがてざあざあと大粒の水を落とした。 誰かが雨の中を走っている。バシャバシャと、水溜まりの上をを駆け抜ける音がする。 カラスが一匹、誰かを呼ぶように鳴いた。 真っ暗になった部屋に雨色の明かりがグラデーションの様に入り込んだ。 その光が死体の瞳を青く、明るく染め上げた。 9時。 階段を慌てて駆け上がる音が聞こえる。廊下を早歩きで歩く音が聞こえる。 だんだん大きくなった。 だんだん大きくなった。 部屋の前でピタリと止まり、ガサゴソと音を立てた。 ガチャ 鍵が開いてドアが開いた。 ドアが開いた瞬間、ざあざあ降る雨の音が大きくなり部屋の中に大きく響く。 「ただいまァ。」 若い男の声。 ドアを閉めた瞬間外から聞こえた雨の音が一気に小さくなって、こもったような音になった。男はフゥと大きく息を吐いた。 「みいちゃん」 名前を読んだ。どうやら猫の名前のようだ。 「みいちゃん?」 再度名前を読んだ。応答がない。 男は靴をゆっくり脱いで、居間に向かう。ビニール袋を持っていたので歩く度にガサゴソと音がなった。 「アレ、みいちゃん。寝てるの。そんなとこで。」 台所と棚の隅に落ちている死体を見つけた。 男は嬉しげな顔で死体の頭を撫でた。 「……かわいいねェ…。」 男は小さく裏声で呟いて、死体の喉元を撫でた。しばらく死体を撫でた後、男は立ち上がってビニール袋からコンビニで買った弁当を出し、電子レンジに入れた。 スマホを触っていたらチンと音がなる。 居間に移動してテレビをつけて黙々と弁当を食べた。面白い番組がやっていなかったようで、すぐにテレビを切ってまた猫の名前を呼んだ。 「みいちゃーん、起きてよ」 応答は無い。 男はスマホを触った。 5分経過。 男はスマホをテーブルの上に置いた。 「もーみいちゃん。ちょっと寝すぎじゃない?」 男は立ち上がって死体のあるリビングに向かった。 「ほら、そんな所で寝てないで」 男が死体を持ち上げた。 その瞬間、力の抜けた死体は布のように持ち上がり、生気の無い顔から赤い舌が飛び出した。唯それだけ。それだけの出来事を目の当たりにした男はピタリと止まり、動かなくなった。
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