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火星への移住計画は頓挫しようとしていた。
すでに、コロニーの建築技術は問題ないレベルであり、赤い地表には着々と未来の街が建てられている。十年前に完成した第一街区には、すでにテストケースとして地球全土から選抜された千人もの第一次移住者が入植していた。多少のトラブルは発生したものの、すべて管理AIの想定内であり、人類が生活を営んでいくための大きな問題はないと判断されつつあった。
ならば第二、第三の移住者を編成し送り込もうと、移住計画を一歩先に進めようとしたとき、悲劇は起こった。
ウイルスによるパンデミックにより、九割の移住者が発症し、そのうちのほとんどが死亡したのである。
コロニーは、当然ながら地球とまったく同じ状況下を再現できるわけではない。ただ、これも当然のことながら、人類の生命維持機能に著しく不具合を及ぼすほどではないよう緻密に設計され、テストされていたし、第一次移住の後も実際にきちんと機能していた。
しかしながら、人間の体内に常在するヴァイロームと呼ばれるウイルス群にとっては、そうではなかった。
通常では人体にはまったくの無害なウイルスが、地球とは異なる環境条件の中で進化を繰り返すうちに、突然変異種が発生し、極めて有害な毒素を撒き散らすモンスターに変貌したのである。
当然、感染症対策はとられていた。
AIによりコントロールされた環境下、日々の健康管理から免疫機能も維持され、そもそも移住者たちは大して病気にもかからなくなっていた。そして、居住区の区切りごとに抗体を含んだミストが噴射される装置があり、この仕組みによって、存知の有害なウイルスはほとんど感染を広げずシャットアウトすることができていた。
ところが、突然変異種は、既存の抗体が効かないがゆえの突然変異種である。存在が補足され、分析され、ようやく新たな抗体が開発される頃には、コロニー中に感染が拡大し、ほぼ全滅と言っていい、悲惨な状況が広がっていた。
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