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過去
月季子は、幼い頃から学問が好きであった。
当時、伯爵であった父の徳雄が、跡取りの兄である彰雄に学問を教える時、徳雄が雇った家庭教師が彰雄に講義する時、いつも側にいて話を聞いていた。
乳母から、「兄上様のお勉強の邪魔をしてはいけません」と窘められると、「いるだけならいいでしょう」と言い返し、「月季子がいると、思わぬ視点からの質問があって、面白いんだ」と、兄に庇われた。
多くの書籍が所蔵された父の書斎は、月季子の遊び場であった。
彰雄には何かと厳しい父も、娘の月季子には甘く、好きにさせていた。
その一方で月季子は、学問を学ぶことに文句を言われぬよう、習字に琴、和歌、裁縫、手芸、図画といったお稽古事にも精を出し、真面目に取り組んだ。
もし、お稽古が疎かになれば、女だてらに学問に没頭するからだと言われかねない。下手をすれば、父の書斎への出入りを禁止されかねない。だから月季子は、お稽古事も、人一倍努力したのだ。
その月季子に付き合わされたのが、友莉絵である。
友莉絵の母が、元々月季子の母の侍女だった上に、同じ年の産まれということで、友莉絵は丹沢家にとって、娘の遊び相手として絶好の存在だったのだ。
「月季子さまー、またお父上の書斎ですか」
「ほら、友莉絵さん。このご本、とっても面白くてよ。外国のことが、たくさん書いてあるわ」
そう言って瞳を輝かせる月季子に、友莉絵はいつも呆れながら、付き合った。
しかし友莉絵は、月季子に従うことが嫌だったわけではない。
自分とは異なる、華やかな容姿の月季子は、友莉絵の憧れだった。長く艶やかな黒髪に、くりくりとした大きな目。肌は透き通るように白く、洋装がよく似合っていた。
それがあの日、一転した。
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