序の巻 あたしが忍者だとバレた日

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序の巻 あたしが忍者だとバレた日

 あたしは近所の銭湯に行き、全身を湯に浸して心を落ち着かせるのが趣味である。この銭湯は昔ながらの銭湯で、湯の温度が熱い。全身を湯に浸すだけで体がジリジリとしてくる。あたしみたいな乙女の柔肌ではすぐに真っ赤な茹でダコ同然になってしまう。頭がボーッとしてくる頃には湯船の縁に座り体を冷やしにかかる。この銭湯に通う猛者であれば水風呂で冷やしにかかるのだが、あたしみたいな十二年しか生きていないプレティーン(あたしの年齢はティーンエイジャーと呼ばないと知ったのは最近だ)は魂も体のステージも低いのか水風呂には耐えない。 一度試してみたのだが、全身を刃物で刺されたような痛みを受け、数秒で脱出してしまった。  あたしが揺らめく赤富士を眺めていると、隣の男風呂より野太い叫び声が聞こえてきた。 「おーい! 鶏頭! ボディーソープを忘れてしまった! 投げてくれ!」 隣の男風呂からあたしの名前を呼ぶのは父だ。鶏頭(けいとう)と言うのはあたしの名前である。正直恥ずかしいから人前で呼んで欲しくないのだが、父はお構いなしだ。 まだ「ひらがな」が許される幼稚園から小学校低学年までは許される名前であるが、それ以降の自分の名前を漢字で書くことが解禁された後ともなれば、あたしは「地獄」へといきなり突き落とされる。教師は困惑しながら「えーと、とりあたまさん?」と呼んでくる。その瞬間からあたしの渾名は「とりあたま」になってしまう。 自慢ではないが、あたしは成績優秀で、常にオール5をキープしている。 女子を(からか)うのが好きな男子(あたし、基本は男子嫌い)が「あれ? 鳥頭なのに三歩歩いても勉強忘れないのか?」と(からか)われたことは、数えきれない。二十歳になったらこの名前を変えに市役所に行きたいところだが、我が家に生まれた女子には薬草の名前をつけるという鉄の掟があるためにそれも無理である。  あたしはボディーソープの取っ手を持ち、隣の男湯に向かってヒョイと投げた。ボディーソープは放物線を描き男湯と女湯を隔てる壁を超え、父がいると思われる鏡の前にトンと落下しただろう。あたしにそれは見えないがわかる。 「よーし! 届いたぞー!」 よし、あたしの投擲技術は確かなものだ。あたしがなぜこんなことが出来るかというと…… あたし、古賀鶏頭は忍者である。あたしの(うち)、古賀家は聖徳太子お抱えの忍者軍団を始祖とし、時代の流れに合わせて仕える権力者を変え、ついた勢力の勝利に陰ながら貢献することを続けていた。 令和になった今は政治家に仕えると言う形で忍者を続けている。 あたしはこんな変わった家に生まれてしまったせいで、物心がついた頃から「忍者(くの一)」になる訓練を受けさせられてきた。 あたしはどうやら「天才」のようで、この十二年でありとあらゆる忍術を習得していき、小学校六年生になる頃には父より忍者の免許皆伝の証を得るに至ってしまった。 そんなあたしなら、ボディーソープを女湯から父のいる男湯、それも父の目の前にに投げることなど容易いのだ。
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