急の巻 忍者に生きるか、青春に生きるか

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 流石に今日は泰司も学校を休むだろう。あたしはそう思いながらも、いつも通りに迎えに行くと、泰司は普通に登校準備を行っていた。流石に「いつもバカ息子のお迎えありがとうねぇ」と、挨拶をしてくれる穗積本人は家を空けていた。 おそらくは議員会館に寝泊まりしているのだろう。 それを証拠に、リビングのテーブルの上にはカップ麺や冷凍食品のパッケージのゴミが散乱していた。 あたしは「仕方ないなぁ」と、言いたげにそれらをゴミ袋に纏めた。 その最中、着替えを終えて身支度を整えた泰司が現れた。 「あ、おはよ」 「おはようさん」 早朝にあたしが家にいるのは泰司にとっては普通のことだ。監視を初めてからは毎日故に慣れきって当然である。 泰司は寝ぼけ眼で冷凍庫から冷凍ピザを取り出した。あたしがゴミ掃除をしたばかりなのにゴミを増やすのやめてくれないかな?  「今日の夕方には総理大臣の息子になるっていうのに…… 呑気なものね?」 それを聞いた泰司は笑い飛ばした。 「どうせ無理無理カタツムリ! 今まで何度か女性が総裁選に出ても、負けてるじゃん? ニュースが言ってるママ有利だって、民自党が好きじゃないテレビ局の統計だから意味ないよ。テキトー言ってると思うよ?」 「そういうものかしら」 「民意が社会に反映されるの見たことある? 俺は無いよ? ママは反映されるように頑張ってるけど、それを成さずに自分の金儲けだけ考えてる爺さんの力は強いっていつも愚痴ってる」 「……」こんな爺さんに仕えている忍者を父に持つあたしはぐうの音も出なかった。あたしが何を言おうか考えていると、泰司が続けて口を開いた。 「今日の給食、なんだっけ?」 小学生らしからぬ政治の話題から、いきなり極めて小学生らしい給食の話題になり驚いた。あたしは出来の悪い脳内から必死に今日の給食の献立を引っ張り出した。 「えっと、コッペパンに焼きそばに玉子スープにシーザーサラダ、デザートはプリン」 「お、最高だ! プリンの取り合いになるな! ジャンケンの練習しとかないと。ジャンケンに勝てるコツない?」 あたしであれば、忍者持ち前の動体視力で究極の後出しが出来る。だから、ジャンケンに決して負けることはない。 しかし、普通の動体視力しか持たない泰司にそれを言っても仕方ない。 そもそもの話、今日、泰司はプリン争奪ジャンケンに参加することはない。 「駄目よ。今日はアンタ校長先生との食事会じゃない?」 そう、卒業前の意味不明イベント、校長室での給食である。 今日は泰司の班に回ってくる日であった。あたしはつい数日前にこのイベントを終わらせたのだが、別に楽しいとは思わなかった。 月曜朝の全校集会でしか姿を見ない校長先生と何を話せばいいのだろうか? 校長先生はフレンドリーに接してくるが、こちらとしては「始めまして」としか言いようがない。「どんな本を読む?」「六年間で一番の思い出は?」「好きな教科は?」と、言った感じの話をしたのだが、担任教師(変装した黒夜叉)経由であたし達の全てを聞いているのか、予知能力者気取りでズバズバと言い当ててくるのだ。 昭和の純真(ピュア)な少年少女なら騙せたかもしれないが、科学万能の時代でどんな情報でも入るようになってやさぐれた平成・令和の少年少女を前にしてそれをやるのは極めて寒いとしか言いようがない。 「何だよ、面倒くさいな。毎日毎日、行進の練習したり、『はい!』って叫ばされたり『カレーライス!』って叫ばせる黒幕とメシ食って何が面白いんだか」 泰司が言うのは卒業式の練習に対する愚痴である。あたし達はもう受験が終わっているから問題はないが、泰司は「こんなことやってる暇があるなら遊びに行きたい」と考えているようで、卒業式の練習には不満タラタラであった。練習が楽になるのは中学・高校からと言った感じの話をしたら「早く中学生になりたい」と宣っていた。 「全く、俺らの受験先の試験日が四月中頃だったら暴動だぜ?」
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