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これでお仕事は完了。後はこっそりと銭湯に戻って着替えだけして家に帰るだけ…… 銭湯で汗を流したのに、外に出て汗をかいていては世話がない。
あたしは顔に巻いていたマフラーを外し、二の腕回りの汗を軽く拭った。
その瞬間、あたしは声をかけられてしまった。あたしの極めて単純なうっかりミスである。
「あれ? とりあたま? こんなところで裸で何やってるんだよ?」
あたしは口から心臓が飛び出そうになるぐらいに驚き、声のした方向に振り向いた。そこにいたのは、クラスの同級生の上宮泰司(うえみや たいじ)だった。泰司は自転車を引きながらあたしの姿をじっと眺めていた。
あたしの名前の鶏頭を小学三年生の頃から誂ってくる天敵である。正直、嫌いな男子だ。
あたしは小学校生活において「普通の小学生」を演じ、忍者であることを隠している。基本、忍者と言うものは親族や仕える者以外には正体を隠すものである。そして、忍者には昔からの鉄の掟がある…… 「正体を見られたらそいつを殺すべし」だ!
「覚悟!」
あたしはマフラーを蛇のように伸ばし、泰司の首に巻きつけて引き寄せた。
彼が引いていた自転車が倒れる音が辺りに響き渡った。あたしは泰司に足払いをし、押し倒した後、髪から二本目のヘアピンを引き抜き、泰司の喉元に突きつけた。
「悪く思わないでね? あたし、正体を見られたら殺さないといけないの」
泰司は真っ青な顔をして全身を震え上がらせた。普通の小学生がいきなり同級生に押し倒され、喉元に刃(ヘアピン)を突きつけられ命の危機に遭うなんてあり得ないのだから当然である。
恨むなら「正体を見られたらそいつを殺すべし」って決めたご先祖様を恨んで頂戴……
あたしは泰司の首元にヘアピンを押し込んだ。しかし、最後の押し込みをすることが出来ない。父に仕込まれた忍者教育で人間の頸動脈の位置はしっかりと確認している。
今まで、散々人間の血管を再現した木人形くんを参考にして平然と突き刺したり切ったりしている頸動脈のはずなのに! どうして出来ない……!? 軽く押し込めばいいだけの簡単なことがなぜ出来ない……!? あたしが躊躇い震えた瞬間、泰司はあたしの隙を縫い ドン! と、突き飛ばした。
あたしはくるりと回転し、受け身を取った。
「とりあたま…… お前、何者だよ……」
あたしは泰司のその問いに答えず、サッと泰司の後ろに回りこみ手で口を塞いだ。
「黙りなさい。そのまま首をへし折るわよ?」
「何だよそれ…… 意味わかんねえよ」
「黙りなさいって言ったでしょ?」
あたしは泰司の口を押さえる手に力を入れた。そのまま首の骨をへし折ってやろうかと考えたが、それに至るまで首を捻り動かす勇気がない。
すると、公園の外より何やら話し声が聞こえてきた。これはまずい、場所を変えなくてはいけない。
あたしは泰司を抱え、どこか適当な屋上に登った。電灯や電柱や壁伝いをヒョイヒョイと登って行くあたしの姿を見て泰司は呆然とすることしか出来なかった。
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