序の巻 あたしが忍者だとバレた日

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 あたしはそーっと銭湯に戻った。その前では父が仏頂面をしながら待っていた。 あたしの父・古賀九州男(こが くすお)は勿論忍者である。 古賀流忍術の48代目の頭領で、表向きには国家公務員ということになっている。だが実際は忍術を使ってのSP業務、及び諜報活動に従事している忍者なのである。 あたしが知らないだけで、破壊工作などの汚れ仕事も引き受けている…… らしい。 そんなお人が、何故に近所の銭湯に娘(あたし)連れで来ているかと言うと、ただ単に銭湯が好きなだけで「無理やり時間を作っている」からだ。 父と合流したあたしは、泰司に忍者であることがバレてしまったことが言い出せずにいた。 「お前、どこに行っていたんだ?」 「え?」 「体が冷え切っているぞ? 近所の交番に女装野郎が放り込まれていたそうだが…… お前がやったのか?」 流石に父は鋭い。その鋭さは春の夜の寒さよりもあたしの体を冷やす。 「は、はい」 「まぁいい。ご近所の平和を守護(まも)るのも忍者の役目だ。褒めてやる」 おう、よしよし。あたしは父に撫でられた。大きく無骨ながらに優しく逞しい手に撫でられたあたしは嬉しく思った。 しかし、それが拳に変わるのではないかと不安に襲われている。 「忍者と言うのはな、見えない悪を倒して平和にさせる者であるぞ」 あたしは父の言うその言葉を何百何千回と聞いていた。 しかし、今回は「人に見られて」しまったためにバツが悪い。あたしはその恐れの感情が隠しきれず、俯いてしまう。 「どうした? 拾い食いでもしたのか? 忍者と言うのは珍蟲奇蟲でも血肉と変える度量がなくてはいかん。ただ、ナメクジだけはやめておけ。広東住血線虫症と言って脳を食い荒らされるぞ」 「違うの……」 「ならなんだというのだ?」 「バレたの…… 忍者ってことが…… 学校の友達に……」 あたしの言うそれを聞くと、父の顔が修羅の形相に変わった。 その瞬間、父の部下(あたしからすれば忍術の指導係・世話係)が数人、座して現れた。 「御館様……」 「これより家族会議を行う。忍一同、鶏頭の秘密を知った痴れ者の調査を行えい」 「御意」 父は修羅の形相を浮かべたまま、あたしを睨みつけ、言った。 「名前」 「え?」 「名前を教えいと言っておる!」 「え…… 上宮、泰司くんです」 「十分だ、次第(コト)によっては家を焼き払いなさい。自然出火に見えるようにせいよ」 「御意」 「ちょっとまって! 何も殺すことは!」 その瞬間、あたしは父に手を捕まれた。万力に噛ませたような握力のまま父はあたしの体を引いて疾走(はし)った。あたしが痛みに耐えている間に家の大広間に辿り着いていた。
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