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その後、二人の交際は順調に進み、デートを繰り返すうちに、彼女のことをどんどん好きになる自分に気づく正和。彼女の誕生日には奮発して指輪もプレゼントした。
栞が正和の部屋に足を運ぶことも増え、男女の関係も濃密さを増していった。いよいよ結婚を切り出そうかと考えた正和は、一度だけ栞の部屋に足を運ぶことに決めた。例の掃除嫌いの性格が気になっていたからだ。
「わたしのこと、嫌いになっちゃうかもしれないよ」
「そんなわけないよ!」
「はじめて会ったときに言ったでしょ?」
「部屋が散らかってるんだろ?」
「そう」
栞の人柄を深く知った今、彼女の言う散らかっているなんて、たかがしれているだろうと高を括っていた。
「どうぞ」
招き入れられた正和は言葉を失う。
外観こそ想像通りの高級マンションだったが、ドアを開け足を踏み入れた瞬間、その景色は一変した。
ゴミ屋敷だ……。正和は思わず口にしそうになった。
ハミガキ粉のパッケージどころの騒ぎじゃない。これまでの人生、一度もモノを捨てたことがないんじゃないかと思わせるほど、ゴミの山で溢れかえっていた。
「ほらね」栞は苦笑いする。
「う、うん」つられて正和も苦笑い。
ゴミの山に囲まれたまま、二人はコーヒーを飲んだ。かなりの悪臭に、こみ上げてくる吐き気を抑えながら。
「それにしても、すごいなぁ……」
正和はもはや塊になっているゴミに目をやった。
「ん?」
そこには、写真や手紙が混じっていた。
手に取ってみると、それは男と栞が仲良く手をつないでいる写真や、愛を確かめ合う男からの手紙だった。よく見ると、それらはあちこちに散見され、それぞれに別の男の残り香がした。
「それね、昔付き合ってた彼氏の写真や手紙なの」
さも当たり前のように言う栞。それを見て正和はムッとした。栞は自分のもの。たとえそれが過去の話だったとしても、他の男を愛し、愛されていたと思うと腹が立ってきた。
「よし! 掃除しよう!」
思い切ったように正和は立ち上がる。
「掃除が苦手な性格だってことは理解した。苦手なことなんて別にやらなくていい。掃除当番は、ずっと僕でいい。だから、僕と結婚して欲しい!」
嫉妬に背中を押されるまま、気づけば衝動的なプロポーズ。正和は手にした写真と手紙をクシャクシャに丸めて息巻いた。
「今回はうまく行くと思ったのになぁ」
栞は飲みかけのコーヒーを啜りながら呟く。
「なんで男はみんな、わたしの宝物を捨てようとするんだろ。これはわたしの人生そのものなのに」
栞はうっとりとした表情で、宝の山を見つめた。
立ち上がると栞はひとつ伸びをし、左手の薬指にはめられた指輪を外すと、うず高い山の中腹にそっと押し込んだ。過去の証をまたひとつ残すようにして。
「さぁ、死体を片付けなきゃね」
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