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ゴミ屋敷
「和食がお好きなんですね! この店を選んでよかったです。和食って栞さんの雰囲気にピッタリですよね」
創作居酒屋の個室で正和と栞は、緊張した面持ちで食事をしている。
結婚相談所の紹介で知り合った二人。それまではSNSを通じて会話する程度だったが、今日は実際に会ってみようということに。気づけば35歳も過ぎ、正和は結婚に焦りを感じはじめていたからだ。
「休みの日は何を?」正和は尋ねる。
「そうですねぇ。読書をしたり、お菓子作りしたり――」
「いい趣味をお持ちだ!」
正和と同じ年齢の栞。性格も悪くない。ましてや、見た目は正和のタイプにピッタリ。
理想の相手に出会えるだろうと期待ばかりが膨らみ、毎回現実を突きつけられるのが結婚相談所。紹介された女性と実際に会っても、理想とはかけ離れた人ばかりだった。しかし今回は違う。
「ちなみに今は、おひとり暮らしなんですよね?」
「えぇ」
「じゃあ、悠々自適な生活を?」
「まぁ、そうですね。マンションの小狭い部屋で、のんびりやっております」
「たしか、S区にお住まいとおっしゃってましたよね?」栞はコクリと頷く。
S区といえば高級住宅が立ち並び、住人のほとんどが富裕層とされるエリアだ。小狭いだなんて表現は謙遜に違いない。きっと、立派なマンションに住んでいるんだろう。正和は想像を膨らませた。
「僕、栞さんと出会えてほんと良かったです。僕にとっては完璧な女性です! 栞さんさえ良ければ――」
少し照れた表情を浮かべた栞は、「ただ――」と、正和の言葉を遮った。
「わたし、掃除が大の苦手で。モノを捨てたりができなくて……部屋がすごく散らかってるんです。もし、正和さんがわたしみたいな女と結婚したら、苦労すると思いますよ」
「とんでもない! 人間、誰しも苦手なことの一つや二つくらい、ありますよ! 心配しないでください」
「わたし、一度手に入れたものを、なかなか捨てることができなくって。例えば、ハミガキ粉のパッケージが気に入れば、使い終わったあともそれを取っておいたり。それで部屋が散らかっちゃって」
「じゃあ、普段から片付けとかしないタイプなんですか……?」
「片付けは、ごくごくたまに。彼氏を家に呼んだときには、毎回片付けてますけど」
栞の目つきが一瞬だけ変わった気がした。
正和は、「あぁ、なるほど」とだけ言って、掃除の話題を終わらせた。個室内に妙な空気が漂い、その日の会食中で最も長い沈黙が流れた。
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