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ベッドに座ったまま仕事用の資料に目を通しているとコンコンという控え目なノックの後、一星が入って来た。
「おかえり」
「ただ……いま」
「一星にも学校を何日も休ませてしまったな。すまなかった」
「――んで……、なんであんたが謝るの!?」
一星が顔を真っ赤にさせて叫んだ。
瞳には涙が浮かんでいる。
「一星……?」
「俺、あんたに意地悪な事いっぱいした。七ちゃん取られて寂しくて、邪魔しようって……家にまで押しかけたりして――。なのに、あの時、俺は怖くて七ちゃんの事守れなかった……っ! なのに、あんたは七ちゃんだけじゃなくて俺の事まで……! どうして?」
「――そりゃあ、一星は七星の大事な弟だから、かな? 俺にとっても大事な弟って事だ。七星が愛するものは全てが俺にとっても愛おしい。ただ、それだけの話だ」
そう、それだけの話だ。
よく「あなたの大切な人が同時に2人危険な目にあっていて、助けられるのはどちらか一方だけです。どちらを助けますか?」なんて言うけれど、俺の答えは「どちらも助ける」だ。
そんな答えは反則だと言われても俺の答えはそれしかないのだからしょうがないじゃないか。たとえ自分が犠牲になったとしても――――答えが変わる事はないだろう。
「――――はぁ……完敗……。俺、帰るね。もうすぐ七ちゃん来ると思うから」
「あぁ、気を付けて帰るんだぞ」
病室のドアを開け、俺に背中を向けたまま小さく呟いた。
「早く元気になってよね。――助けてくれて、ありがとう……義兄さん……」
「――あぁ」
ドアが閉まり足音が遠ざかる。
生意気だけど一星もやっぱり七星の弟だ。
「――――可愛いな」
そう呟くと隣りのベッドのカーテンが開いて七星が現れた。
「でしょう? 僕と誠さんの弟だもの」
と、ドヤ顔の七星。
いつからそこにいたのか。
「気づかなかった。いつからいたんだ?」
「一星の少し後かな? ふたりで大事な話してたみたいだったから隠れちゃった」
「そうか」
「義兄さんって呼んだね」
「あぁ」
「よかった。これでやっと誠さんと結婚できる」
「――え?」
「え? って?? ちゃんと僕言ったよね? 最初は高校卒業したいからっていう理由で時間をもらって、その間に説得しようと思ってたの。一星が反対してるの知ったら誠さん悲しむと思って本当の事言えなくて。あの時はごめんなさい。だけど一星がうちに押しかけて来ちゃったから一緒に住んで、とりあえず一星のやりたいようにさせて納得してもらおうって、誠さんにもちゃんと伝えたんだけど――聞いてなかった?」
ショックで耳に入ってこなかったアレか……。
「――すまない……。そうか……そういう理由だったのか」
諸々安心してホッと息をつく。
「誠さん、じゃあ僕が一星のやりたいようにやらせたり、一星を優先させていたの――つらかった、よね? 寂しかった、よね?」
七星はそう言うと俺を包み込むように抱きしめてきた。
「もうちょっとちゃんと話をすればよかった。僕どうしてもみんなに祝福されて茅野 七星になりたかったんだ。僕の大事な誠さんの事みんなにも大事に思って欲しくて――。ごめんなさい。寂しい思いさせて本当にごめんなさい。ぐすん……ぐすん……」
――――本当に……俺の番は……。
ちゃんと聞いていなかった俺の事を責めたりせずに、俺の寂しさを思って泣いてくれる。そもそもの原因が俺の事を想っての事だったというのに。
心優しい俺の番。
「七星――。俺がちゃんと聞いてなかったのが悪かったんだ。七星、七星、笑って? 俺はキミが泣いていると心がぎゅっとなるんだ。キミの笑ってる顔が好きなんだ。だから笑って?」
そう言って俺は七星に笑いかけた。
涙を拭って、見せるキミの笑顔。
「僕も誠さんの笑顔だーい好き」
あぁ、本当にキミが愛おしい。
キミが愛するすべてのものが愛おしい。愛おしくてたまらない。
俺が退院してその一か月後に俺たちは結婚した。
キミの親族席にはキミとよく似た笑顔が三つ。
そして俺の隣りにはこの世で一番大好きなキミの笑顔があった。
追伸:義弟の一星はあの後すぐに自分の家に帰って行ったが、ちょくちょくうちに遊びに来ては今度は俺にべったりと纏わりつくようになっていた。
七星も最初は我慢していたが、俺の膝の上はたとえ弟であっても断固譲らないと、愛する番と愛する義弟は今日も俺を奪い合って楽しそうにケンカしている。
そんなふたりを見ていると俺も楽しくなって、大きな声をあげて笑った。
それにつられてふたりも笑い出して。
広い我が家のリビングにはいつも誰かの笑い声で溢れていた。
-終-
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