いとおしい

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 七星との生活は思っていた以上に快適だった。  七星は意外にも家事が大の得意らしく掃除も洗濯も料理も楽しそうにやっていた。  約束通り毎朝一緒にご飯を食べている。  最初はどうなる事かと思ったが前日の事やその日の予定なんかを話したりして、気まずいと感じる暇もなかった。  七星はやはりちょっと変わったところはあるものの、それを不快に思った事はなかったし、家で仕事をしている時は決して邪魔をしないように過ごしていた。それが我慢しているわけではなく七星なりに楽しそうにしているので、こちらとしても申し訳なく思わなくてすんだ。  さりげなく俺が快適に過ごせるように細やかな気遣いをみせた。  部屋中に微かにいい香りもしていてその香りは疲れた身体と心をリラックスさせた。こんなところにまで気を遣ってくれるのかと嬉しくなった。  10年前の婚約破棄以来、自分の居場所がどこにもないと感じていたが、七星のいる空間は心地よく、いつしか俺にとって大事な場所になっていた。  約束のハグも毎日可能な限り行っている。  七星が自分から提案した事なのに毎回照れて顔を真っ赤にさせるから俺の顔も真っ赤になるし、正直こんなのは……まいる。  ぽやぽやの頭のまま家を出て、今日早く帰る事を言い忘れてしまったと気づく。  連絡を……とスマホを取り出すが、たまには自分が食事を作って七星が帰るのを待つのもいいかもしれないと連絡をするのを止めた。  七星の喜ぶ顔を想像して口角が上がる。 *****  予定していたよりも早く帰る事ができた。  途中夕飯の材料を買い、ついでにプレゼントも買う。  車から降り軽い足取りでマンションの入り口へ歩いて行くと、七星の姿が見えた。  いくら早く帰っても学生の方が早いか。背後から近寄って驚かしてみようか。  そんな悪戯心を抱くほど俺と七星はいい関係を築けていた。  そう思っていた。  そろりと一歩近づこうとして、足が止まる。  傍に誰か――知らない男がいて七星を抱きしめていたのだ。  ふたりの表情は見えなかった。  だけど、本能があれはαだと告げた。  自分のΩをαが抱きしめている。  αが自分のΩを奪っていく。  俺は手に持っていた荷物を全て落としてしまった。  プレゼントにと買った綺麗なオルゴールが、地面に落ちてガチャンと音を立てて壊れた。  それは自分の心の音のようで、膜が張ったかのようによく聞こえない耳にも確かにガチャンと聞こえた。  そしてそのまま車に戻り、その日から俺は家に帰らなくなった。
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