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リスクヘッジ(綾戸凛の場合)
(オフィス感のあるSE)(PCのタイピング)
まただ。恐る恐るこちらへきて、頼まれたと言う資料の山をこちらへ乱雑に置いて逃げる社員。鋭く睨む前に、社員は巣へ帰ってしまっている。
私の視線の先には上司のデスクがあるが、苦笑いを一つして目線を逸らす。
哀れんでないで、少しは仕事の再分配でもしたらどうなんだ。どう考えても、これは押しつけだ。
「先輩、他から回ってきたやつの資料。俺もできたから、確認頼む」
唯一、悠然と私のデスクへやってくる後輩は、息を吐くように先輩の私にタメ口をきく。最近ではそれを咎めるのも面倒で、黙ってそれを受け取ることにしている。
「そうカリカリすんなよ、先輩」
これも無視して、タバコを取り出し、火を付ける。(ライターSE)
「うわ、社内で堂々と煙草とか、先輩も偉くなったもんだな」と減らず口を叩いては、さして気にする風でもない。
少なくとも、お前よりは偉いが。
「そっすね、俺よりか、は偉いっスね」
最初から私にだけ可愛げのない後輩を、上司が教育係につけてきた日のことを今でも恨んでいる。もう半年も前の話だが。
上司に意見を通すことのできた私でも、教育係の変更だけは叶わなかった。
タバコを口に咥えたまま、修正点をその場で後輩に伝える。
「うぇ、もう添削したんすか……仕事好きだな」
堂々とタバコをふかしても文句を言われない理由がそこにあるということだ。もはや、こいつと別れることは死を意味するのだから、私の恋人はタバコだと言っても過言ではない。
早速一本目の恋人とお別れをして、続く二本目と箱に手をつける。(タバコを潰すようなSE)
「て、もう二本目いってるし……。社員もこの人の社内喫煙だけは黙秘してる理由って、もしかしてこれかよ。てっきり逆ギレしてくるからだと思ってたのに」
そうだ。それ以外は何の取り柄もないので、仕事ができない私など、無価値だ。それを自覚しているから、仕事は鬼にならざるを得ないのだ。——と後輩に言うことではないが、やっぱり、こいつの教育係をやめたい。早急に。
二本目に手に取った恋人に火を付ける。(ライターSE)
「はぁ……俺、ここの修正してくるついでだから、先輩の仕事回して。手伝うから」
手を差し出しながら「そんでまた、修正は俺がして先輩の仕事の量減らす」と素っ気無く言う。
私がやれば修正なく通せる仕事を、後輩に任せて二度手間になる効率の悪いことはしない。
後輩をつっぱねる。
「——っち。効率重視もいいけど、先輩が倒れて仕事の細分化ができなくなることの方が、大きな損失だと思うけど」
後輩はまた、私に縦つく。舌打ちまでされた。
「……先輩が部下にアレコレ言わなきゃ、回んないって言ってんの。何でそんなに理解できないの。仕事できるんじゃなかったの」と部下に叱りつける調子で物を言うので、私は苛立ちを恋人にぶつけて火を消した。(強く潰すSE)
「でかいクマ作っといて、倒れねぇ自信がある方がすげぇわ」
後輩は座る私と距離を詰めて、「いつからまともな飯、食ってねぇの? 睡眠は? 何時間とれてんの」と言う。
私が育てた大クマを親指で撫でてくる。それを払い退けてデスクト向かい合う。
「……とにかく、んなひょろくて、頼りなさそうな女が俺の上司だなんて、俺、嫌だぜ? 注意されないのをこれ見よがしに、煙草だけばかすか吸ってさ。これ以上廃人になれば、マジで使い物にならなくなるぞ」
完全に売り言葉に買い言葉だった。私はついにデスクを叩く。(SE)
もちろん、近くの社員は静まる。ボヤの出どころが私のデスクだと知るや否や、後輩に目配せをする。身を案じているのだろう。
程なくしてから後輩も「さーせん。——じゃあこの仕事、貰ってくから」と私の仕事をかっさらって行った。(書類の擦れるSE)(革靴の足音)
後輩が私のデスクから遠ざかったのを見計ったように、社員が後輩の肩持ちをする。後輩の声は周りの羽虫の音に掻き消されて聞こえないが、私を罵倒する類の声だけは耳に入るのだから、余計に虫の居処が悪い。(人の声のざわつきSEあれば)
「え? 俺っスか。俺は別にあんくらい大丈夫っスよ皆さん。それよりも、あの人の仕事量だけ鬼じゃないスか。あれ、どうにかなんないすかね」
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