1.黄泉の襲来

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1.黄泉の襲来

 ――『アマテラス』と発見とから3年後の帝都。  『その男』の異様さは、遠くからでも眼を引いた。  ダークブルーのスーツを着た、何処かのビジネスマンだろう。地下街からの階段を、俯いたままゆっくりと地上に昇ろうとしている。  だがその足元は何処となく覚束ない。酔っ払ったかのように不安定な足取りで大きく前傾し、両手で手すりにしがみ付いている。  一歩、また一歩。  ズシ……という重たい足音が聞こえてくるかのようだ。 「ん……? 何だ、アイツ。酔っ払ってンのか?」  階段の上にいた、鼻にピアスをつけた若い男がこれに気がつく。   この帝都周辺は警戒警報が出っ放しで、夜間は人の往来が極端に減る。いるのは、繁華街をうろつく酔客ぐらいだが……。  ググ……。  手すりを握る男の筋肉が異様なまでに盛り上がり、黒ずんだ皮膚の表面に血管がメキメキと浮かび上がる。  ミシ……。  手すりが、その力に『負けて』歪んだ様にも見える。 「おい……アイツ、何か変じゃね」 「ま、まさかよ……」  横にいたツレの男の指先が微かに震えた、その時。  バキ……バキバキ!  手すりの金具が、まるでボロ布のように壁から引き千切られた。それは間違いなく『人間離れした』怪力。 「やべぇ! こいつ『黄泉(よみ)』だっ! テレビでやってた黄泉の第一症状(フェーズ・ワン)に違いねぇ! に、逃げろぉぉぉ!」  その大声に、辺りが一斉にパニックへ陥る。 「黄泉だっ! 黄泉が出たぞぉぉぉ!」 「きゃゃゃぁ!」 「逃げろぉぉ!」  華やいだ笑い声が、瞬時にして悲壮な叫びに置換される。  だが『男』はその喧騒を意に介する事もなく、尚も一歩づつ地上に向かって昇っていく。 「ぐふぅ……ぐふぅ……」  吐き出された息からは、鼻を突く腐臭が漂ってくる。  そして地上に出たところで、その全身から辺りの景色が霞むほどの熱気が立ち昇り始めた。  ビリ……ビリビリ……ッ!  男の背中が急激に膨れ上がり、着ていたスーツが背中から細切れになって破れていく。  人を飲み込む『闇』が、あざ嗤うかの如くにその口を開けようとしている。  『巨大化症状(フェーズ・ツー)』が、始まったのだ。  ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!  禍々しくもメキメキと膨らんでいく『黄泉』の付近で、そこかしこに備え付けられた専用スピーカーが激しい警告音を発する。 《警報 警報 黄泉です。直ちに付近から退去してください。 警報 警報……》  自動音声が流れる中、僅か1~2分の間に蜘蛛の子を散らすが如く人影が消えて行く。  何しろ、今からここはと化すのだから。    ビーッ! ビーッ!  帝都の中心に構える超高層ビル、その最上階のワンフロアを占めるスサノオ司令室、通称『イザナギ』に警告音が鳴り響く。 《緊急事態発生、『黄泉』が出現。場所は『E地区-21ブロック』。繰り返します…… 》  冷静な自動音声とは裏腹に、司令室は一気に慌ただしくなる。 「やれやれ、今夜も出たか。それにしても、またしても『E地区』とはな……」  『司令長官』として部隊の作戦責任者を務める八幡(やはた)松前(しょうぜん)が、ため息混じりにモニターを覗き込む。  いくら任務とは言え、ここ最近は『ほぼ毎夜』になっている緊張感が身体に堪える。出来れば誤報であって欲しいと思うものだが。 「……出現は間違い無いのか?」  一応、確認をとる。 「はい、付近にいた市民のアプリからも画像情報が上がって来ています。間違いないですね」  市民の持つスマートフォンの多くには、緊急用の通報アプリが入っている。それらが自動的に、黄泉出現の情報をデータ転送してくるのだ。 「天忍班、聞こえますか? こちら司令室(イザナギ)、黄泉出現! 直ちに現場へ……」  コーディネータを務める若い女性が、E地区を担当する天忍班へ緊急出動を要請している。 「そうか……で、今回もまた『アマテラス』ではなく『黄泉』か?」  いまいましそうに、八幡が「ちっ!」と舌打ちをする。  いい加減、疲労も溜まってきている。出来る事なら早く『カタを着けたい』と願うのだが。 「そうですね……今回も発見されたのは『アマテラス本体』ではなく、『黄泉(コピー)』の方のようです。残念ですが」  モニター班の男は残念そうに、ゆっくりと首を横に振った。
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