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2.戦闘開始
「間もなく目的ポイントです!」
パイロットの鳥之石が荷室に向かって声を張る。
「了解、高度300メートルを維持して降下タイミングを指示してくれ」
暗い窓の外を伺いながら葛が指示を出す。
そこへ、司令室から状況報告が入ってきた。
「目標地点より高熱エネルギー反応確認っ! 黄泉が『フェーズ・ツー』に遷移します!」
「ふん……話ゃぁ『早くなった』な」
慣れた手付きで頚部保護用のHANSを肩に取り付けながら、ボソリと柏が呟く。
……確かに相手は狂暴化した『黄泉』ではあるが、立場的には被害者とも言える『元・人間』である事に違いはない。それを『他の国民を危害から守るため』とは言え、国家権力で殺す事を認めるのか……は、この騒動の当初から国会やSNSで大いに議論となった。
激論の末、『暫定措置として黄泉が怪物化した時点を以って、犠牲者が出ていなくても武器の使用を許可する』という判断に落ち着いたのだ。『人の形を保っている間は人として扱う』という解釈。
そのため逆に『怪物化一歩手前』の状態では、いくら早く現場に到着しても、せいぜい『取り囲む』くらいしか手が無いのが実情。
しかし今回は天忍班到着前に『怪物』に遷移している。柏が言う『話が早くなった』というのは、これによって『何の躊躇もなく駆除が可能だ』……という意味なのだ。
何しろ犠牲者や被害の拡大を考えれば、手を打つのに早い方が越したことはないのだから。しかし……。
「……柏兄ぃ、口を慎んでね? そろそろ記録の電源を入れるんだから」
狭い荷室での重たい装備取り付けに手間取りながら、支援担当であり柏の妹である葵が『断り』を入れた。
「『降下位置』に来ました!」
鳥之石が荷室にいるメンバーの方に振り返る。
「……よし、背面ハッチを開けろ!」
葛の指示と同時に『ガチャン』というロックの外れる鈍い金属音がして、機体後部のハッチが下向きにゆっくりと開く。外の冷気が荷室に押し寄せ、急激に室温を下げる。思わず身体が震えるのは、そのせいなのだろう。
ヒュゥゥゥゥ……。
風を切る音が眼下で不気味に唸る。毎回ながら最も気分が悪い瞬間。
何しろひとつ間違えたなら間違いなく即死する高さからのアタック。それに、一度戦いが始まれば生きて帰れる保証なぞ何処にもないのだから。
「GO!」
押し寄せる恐怖を振り切り、号令と共に先陣を切って葛が夜空に飛び出した。そして残りの3名がそれに続く。
地上から300メートルの上空。まるで星空のように光輝く都会の空へ。
駆除班達は、いわゆる『ウィング・ジェット』と呼ばれる小型のジェットエンジンを推進力とする高張力の生地を使った『翼』を装備している。
これによって狭いビル群の間を、まるでムササビのように飛び回ってピンポイントでの接近と着地を可能にしているのだ。
グォォォ……ォォォ……。
空気を切り裂く振動が、ヘルメットを介して頬に伝わる。
ウイングについた方向舵を操作して微妙に姿勢を変え、アタック・ポイントへ向かう。
その先に、うごめく巨体が見えている。
「いたな……あれか。こちら天忍、目標を確認。各自、配置につけ。着地、開始!」
インカムを使って葛が指示を送る。
「了解!」
班員たちが一斉にジェットを止めてパラシュートを展開し、一気に減速をかける。
それでも着地時の衝撃は小さくないし、万が一にもビルの外壁などに激突すれば無事では済まない。高度な訓練と高い集中力を必要とする『接近戦術』なのだ。
ズザザザザ……。
各班員達が一斉に着地する。いくらパラシュートを使用しているとは言え、決して軽くない装備を背負ったままで着地。その衝撃は2階からの落下に相当するという。上手く身体を転がして衝撃を逃がすのも、必要な技術のひとつ。
「間に合ったな……まだ動けるほどではないか」
すぐさま葛達が戦闘体制に入る。
地上に降り立った葛達の眼前には、すでに巨大化を終えた『黄泉』がいた。見上げる巨体は直立して10メートル前後だろうか。3階の窓を超えるほどだ。
「くそ……デケぇな。いったいどれだけ人間を喰らいやがったんだ?」
柏が忌々しそうに吐き捨てた。
「目標確認っ! E-21、b-51ポイント!」
葵がインカムで詳細な位置を司令室に知らせている。
ガフゥゥゥゥゥ……!
突如、黄泉が生臭い息で雄叫びを上げた。
全身がクロコダイルを思わせるゴツゴツとした皮膚で覆われている。太い尾が背後に伸び、四肢の先端には斧のような鋭い爪が。
辛うじて頭と顔らしきものが判別できるが、それはもはや人間のものではない。複雑に並ぶ尖った牙からは、唾液がダラリと垂れていた。
異形、と言えばまさに異形。
もはや人形はしていない。完全に『怪物』なのだ。
そして、一旦『黄泉』となった被害者を元の人間に戻す方法は、無い。何故なら彼らは『すでに死んだゾンビ』なのだから。
ある者はこれを『ステーキは牛に戻らない』と例えたという。
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