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「あ……」
小さな時に、ずっと一緒にいた、ねこのぬいぐるみだった。
つぎはぎだらけで、ぜんぜん可愛くない。もともと、そんなに愛くるしい顔をしているわけでもない。どちらかというとふてくされた顔をしている、灰色の、ねこ。
「ぐれい」
わたしはこの子に、ぐれい、と名前を付けていた。懐かしい思い出が、頭を駆け巡る。
赤ちゃんの時に、その手をよだれでべとべとにしたって、お母さんが言っていた。
あまりにも一緒に居すぎて、幼稚園にもつれていこうとしたから、お父さんが困ったって言っていた。
夜中におもらしをしちゃったときも、泣きべそをかいて布団にくるまった時も、旅行先の知らない匂いの布団にくるまった時も、ずっとずっと、一緒だった。
好きな子と鉛筆を交換できて本当に嬉しかった時も、親友と喧嘩してしょんぼりしていた時も、サッカー大会で負けて悔しい思いをした時も、公園で転んで膝小僧がひりひり痛むときだって。
もちろん、初めてできた彼氏にふられた日だって、わたしはぐれいを抱き締めていた。
「ぐれい」
その時に巻き戻ったみたいに、ぎゅう、と抱きしめる。懐かしい匂いが、鼻を掠める。
大事な、わたしの相方。
辛いとき、哀しいとき、ぐれいを抱き締めてたくさん泣いた。泣いて泣いて、だから、わたしはその辛くて哀しい出来事を思い出にして、また立ち上がれた。
ぐれいがいなかったら、きっと今のわたしはいない。
ぐれいは、わたしの心のお掃除やさんだった。いつだって、わたしの心を綺麗にしてくれる。どれだけ汚くても、ぐれいのことを抱き締めていれば、いつの間にか、綺麗になるんだ。
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