01 眠りの中【雪橋】

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01 眠りの中【雪橋】

 すやすやと眠る葉山さんの顔を覗き込む。  うつ伏せと横向きの間の体勢で、無防備に少し開いた唇が色っぽくて、つい手を出してしまいたくなる。  そっと人差し指で唇に触れる。  柔らかい感触を確かめて、次に親指の腹でなぞった。  葉山さんの唇が微かに動いて、俺の不埒な指を挟んだ。 「!」  ビリッと電気が走ったように身体が硬直した。  指に歯が当たり、唾液の生暖かさをじわりと感じる。  徐々に呑み込まれていく指に舌が絡んで、ちゅうちゅうと音を立てて吸われた。  無意識に俺の指をしゃぶる葉山さんがとても淫らで、目を離すことができない。  まるで前戯のように思えてきて、駄目だと思っても止められない。  空いている方の手を、自らの下半身に伸ばす。 「ん、……んん」  第一関節まで押し込むと葉山さんが苦しそうな声を上げたので、慌てて引き抜いた。  しまった。  何をやっているんだ、俺は。  疲れて眠っている人を起こすだけじゃなく、邪な欲望をぶつけてしまうところだった。 「ゆき、はし……?」  ぼんやりとした声がして、眠たそうな瞳でこちらを見る葉山さんと目が合ってしまった。  ごめんなさい、葉山さん。  今、寝込みを襲おうとしていました。  指じゃないモノを咥えさせようとしてすみません! 「起こしちゃいましたね」  一方的に気まずくなって、笑いが乾く。  そんな俺を余所に、焦点があっていないのか葉山さんは何度も瞬きをしている。  ああ……可愛い。 「いま、キスしてる夢、見てた」  そう言って、「はぁ……」と色っぽく息を吐いて恥ずかしそうに目を伏せた。  えっと、死んでも良いですか?  もう思い残す事がないくらい、今世に満足なんですけど。  いつお迎えが来ても良いくらいに。  いや! 駄目だ!  こんなに可愛い葉山さんを残して死ねない!  葉山さんにしたい事も、して欲しい事も山ほどある。  それをせずに死ねるかっ! 「俺と?」  言って欲しくて、わざと訊く。  俺とキスしてたって、その口から聞きたい。  言ってください、葉山さん。 「……雪橋しか、知らない」  万が一、他の奴だったら問い詰めようと決意したが、葉山さんが恥じらうように呟いた一言に撃沈した。  そうですよね。  俺しか知らないんでしたよね。  葉山さんとキスをするのは、後にも先にも俺だけでしたね。  ……。  ……くっ。  無理だ。  耐えられない。  この嬉しさを、どう昇華したらいいんだ。  今すぐ抱きたい。  でも、できない。  昨日散々やらかして、朝一で「また」なんて言ったら呆れられる。  がっつき過ぎて、自分でも引く。 「夢じゃないですよ」  せめてこれくらいなら、と未だぼんやりと寝ぼけている葉山さんに口付けた。  先程は指先で感じた、唇と歯列と舌の感触をもう一度味わう。 「んむっ……ふ」  うなじに葉山さんの手が当てられて、「もっと」と言われているようで更に濃厚に口腔を犯す。  そしてまた、夢中になって葉山さんをぐったりさせてしまう。 「夢じゃない、な」  乱れた息でそう呟いて「フフッ」と微笑む葉山さんを抱き締める。  それだけで気持ちが満たされる。  気持ちは満たされるが、身体はまた別もので。 「雪橋……また、したいのか?」 「えっ!? いや……」  俺の下半身の状態に気付いた葉山さんが、恐る恐る訊いてくる。  否定しようにも、何の説得力もない。  本当に、俺の馬鹿。  葉山さんを前にすると、全く言う事をきいてくれない。 「元気だな」  感心したように言わないでください。  そして、これは貴方の所為ですから。  いつでも、誰にでも、なんて思わないでくださいね! 「こ、こんな身体でよかったら、好きに使ってくれていいぞ」  葉山さんは俺の背中にぎこちない動きで手を回して、緊張したような声音でそんな爆弾発言をした。  その一言だけで成仏できるやつだ。  録音して永久保存しておきたかった。  だけど、一つ訂正させてください。  葉山さんの身体は、「こんな」じゃないですよ。  俺にとっては極上の身体ですから。 「葉山さん、もっと自分を大事にした方が良いと思いますよ」  いくら恋人の称号を得られたとはいえ、飢えた獣のような男の言いなりになるのは良くない。  俺のようなオオカミは、つけあがらせると際限なくなりますよ。  尽くしてくれるのは本当に嬉しいんですけどね。  信じてもらえないかもしれませんが、どちらかと言うと、俺は葉山さんに尽くしたい方なので。 「……嫌なら、いいけど」 「嫌な訳ないじゃないですかっ!」  震えた声で言われて、思わず大きな声を上げてしまった。  目に涙を溜めながら何を言っているんだ、この人は。  誰がいつ嫌だと言った。  むしろ、御馳走をちらつかせられて涎ダラダラで「待て」をされている程だというのに。 「俺は、葉山さんの身体を心配して……」 「オレも、雪橋の身体心配だよ」  こちらの言葉を遮るように、葉山さんは俺の節操なく硬くなった所に手を伸ばし控えめに擦った。 「……っ!」  その控えめはヤバいです。  葉山さんに触れられているというだけでヤバいのに、そんな焦らすように優しく触られたら……。 「雪橋、オレは平気だから」  トドメの、小首を傾げての上目遣い。  音にならない「しよ?」という声が聞こえたような気がして、暴走する以外の選択肢は無くなっていた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2021.1.15 「そんな君を」を書いた後に、この二人をもう少し書くとしたらどんな感じかな、と思って考えていたものです。 雪橋がただのワンコになりつつありますが、当初はもう少し大人で落ち着いた設定でした(面影の欠片もない…)。 気付いたら、ただの葉山大好きっ子になっていて修復不可能な状態に。 おかげで書くのがとても楽になったので良いんですけどね。
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