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07 ドキドキ【雪橋】
理玖さんと付き合い始めて数ヶ月。
週末は、お互いの都合が付く限り、ほぼ一緒に過ごしている。
金曜日の夜から、理玖さんの家に押しかけるか、俺の家に連れ込むか。
どちらにしても、可愛い理玖さんに欲情した俺がする事なんて同じだ。
毎週の事では理玖さんに負担を掛けると思い、一応「今日はしない」という決意はして挑む。
しかし、風呂上がり、薄着、無防備に寝る、なんて事をされたら襲い掛かってしまうのが悲しい性だ。
先週も、先々週も、同じ過ちを繰り返している。
その所為か、ここ最近の理玖さんは、心なしか何かを思い悩むような様子を見せる時がある。
俺に何か言いたい事があるような雰囲気が漂っているのは、気の所為ではないと思う。
まさか。
あまりにもがっつきすぎるのが嫌で、「したくない」と思っているのではないか。
それなら俺が我慢するだけで何とかなるが、もし、万が一、「別れたい」的な事を切り出されてしまったら……。
思考が行き止まり、咽の奥にザラリと嫌な感触を残したまま頭を振って、一瞬浮かんだ悪夢を追い払う。
もし、理玖さんにそんな事を言われたら、閉じ込めてしまうかもしれない。
閉じ込めて、甚振るように愛撫して、無理矢理にでも「雪橋が好き」と言わせてしまうだろう。
最悪だ。
そんな馬鹿な事をしたら、あの可愛い人に二度と笑いかけてもらえなくなる。
それこそ絶望だ。
今日も、例によって理玖さんは俺の家にやってきた。
定時を少し過ぎた頃に一緒に会社を出て、居酒屋で軽く腹を満たしてから、家で呑み直す事にして連れ込んだ。
本当は自宅で休養してもらうのが一番だと分かっているが、居酒屋の会計を済ませて外に出た直後に理玖さんに「今日は、どっちの家にする?」と訊かれてしまったので、反射的に「ウチで!」と口が言っていた。
休養なら俺の家でも出来るし、ダラダラと過ごす理玖さんのお世話をするのも良い。
と、前向きな解釈をすることにした。
途中のコンビニで買ってきた酒とつまみをテーブルに広げて、グラスの準備をして戻ってくると、二人掛けのソファに座る理玖さんがこちらを見て微笑んでいる。
上着は脱いで、ネクタイも緩められていて、居酒屋で飲んだ二杯のチューハイのおかげで仄かに赤く染まっている頬。
か……っ!
思わず抱き締めたくなるのを耐えて、自分は床に座った。
隣になんて座ってしまったら、絶対に我慢できない。
その自信だけはある。
「何から飲みます?」
グラスをテーブルに置き、互いに数本ずつ選んだ酒類を物色する。
正直、酒なんてどれでも良かった。
理玖さんを見ないようにする為の口実だ。
いつも以上にガードの緩い理玖さんを前にして、冷静さを保つのも苦労する。
「触りたい」と「今日はしっかり休んで欲しい」との間で、心がグラグラと揺れている。
「じゃあ……レモンにしようかな」
そう言いながら、理玖さんはよくあるレモンチューハイの缶を手に取った。
ただ単に飲み物を選んでいるだけなのに、悩まし気な声に聞こえて堪らない。
理玖さんを見ると、期せずして目が合った。
逸らさずに、じっと俺を見つめて控え目に微笑む。
だーかーら!
あまり刺激しないでもらえます?
今日こそは何もしないと決めているのに、早々にその決意が砕けそうですよ。
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