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「それ、理玖さんですよ」
傷心するオレとは対照的に、至極当然な事のように雪橋が言う。
「最近付き合いが悪くなったって文句言われて、彼女ができたんだろって言われたのを否定しなかったから。わざわざ『彼女』じゃないとも言わなかったですし」
「あいつが勝手に勘違いしただけですよ」と笑う雪橋を、信じられない気持ちで呆然と見ていた。
雪橋のカラリとした口調が、オレを更に混乱させる。
誤魔化しているようでも、嘘を吐いている風でもない。
高尾が言っていた「雪橋の彼女」を、雪橋はオレの事だと言う。
その可能性は考えなかった。
言われてみれば、立場的には間違っていない。
雪橋の付き合っている人物の性別を知らなければ、普通に「彼女」だと思うだろうな。
そうか。
そういう考え方があるのか。
「オレが、彼女?」
「あっ、別に理玖さんを女扱いしてる訳ではなくてですね」
「それは別にいいんだけど……」
確かめるように独り言を呟くと、それを聞いた雪橋が何やら慌てたように口を開いた。
けれど、今のオレは別の事が気になっていた。
オレが雪橋の「彼女」だと言うのなら……。
「じゃあ、雪橋はオレの彼氏?」
隣に座る雪橋をじっと見つめて言った直後、何てバカな事を訊いてしまったのだろうと早々に後悔した。
雪橋が目を丸くしてこちらを見ている。
オレの、実に頭の悪い一言に呆れているようだ。
「彼氏」だなんて。
その響きの甘酸っぱさは、とてもじゃないけどアラサーに脚を突っ込んだ自分には耐えられない。
10代の若者でもあるまいし。
こんな事で喜んでいるなんて恥ずかしい。
数瞬前の、泣きそうなくらいに落ち込んでいた自分よ戻ってこい。
浮かれたオレを再び沈めてやってくれ。
「………………そう、思っていただけるのなら、光栄です」
急に火照りだした身体を持て余していると、横の雪橋がしどろもどろに呟いた。
オレの彼氏だなんて言ったのが嫌だったのかな、と思って覗き込んでみたら、雪橋の顔も赤くなっていて、良い意味で照れているのだと分かって嬉しくなった。
気を悪くはしていないようで良かった。
「なんか、擽ったいな」
「ですね」
何か言わないと、と照れ隠しに言った言葉に、雪橋も同意してくれた。
この擽ったさを共有してくれる人がすぐ隣にいる、それだけで心が温かくなる。
いい歳した男が二人で何をやっているんだろう、と苦笑して隣を見ると、雪橋も同じように笑ってくれていたから、やっぱり好きだなと再認識した。
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