02 彼氏【葉山】

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「あのー……もしかしてですけど、俺が二股してるとか何とか思ってたりしました?」  余計な気を揉んですっかり疲れてしまい、軽く伸びをしていた所に雪橋が笑っていない笑顔で訊いてきた。  二股だなんて、烏滸がましい。  もし雪橋にオレではない彼女ができたとしたら、そちらが本命なのだと思うから自分と同等に扱える筈がない。 「二股と言うか、単純に好きな子ができたんだな、と」 「理 玖 斗 さん!」  正直に言うや否や、雪橋の両手が伸びてきて顔を包み込むように掴まれてしまった。  少し怒っているようだったので、動揺しつつも抵抗はしなかった。  と言うより、至近距離で雪橋に見つめられたら動けなくなってしまう。 「やっぱり、今日はウチに来てください」  有無を言わさぬ強い口調だった。  断る理由なんてないから、別にいいんだけど。  その決意、みたいなのは一体何なのだろう。 「大好きな理玖さんに愛を疑われて傷つきました。慰めてください」  コン、と軽く額に額が当たる。  疑った訳じゃない、とは言えないよな。  実際、オレは振られると思い込んでいたし。  しかも、すぐにそういう思考に至ってしまう。  雪橋を疑っている訳でも、信じていない訳でもないんだ。  自分に自信が無いだけ。  だから、雪橋に「して欲しい」と言われると、その時だけは自信が持てるんだ。  とは言え、「慰める」とは一体何をしたら良いのだろう。  頭を撫でて「よしよし」とか?  それこそ、いい歳をした男が何しているんだって話だ。  いや……オレは雪橋にされたら嬉しいけどな。  雪橋もそうとは限らないし。 「そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫ですよ」  何をしたら良いのだ、という困惑が顔に出てしまっていたらしい。  クスッと笑った雪橋が、だらしなく半開きになったオレの唇をなぞる。 「理玖さんの気持ち良い所が増えるだけですから」  雪橋は囁くようにそう言って微笑んでいるけれど、オレの身体のそう言う箇所なんてこれ以上は増えないと思うのだ。  基本的に雪橋が触れれば気持ち良いし、雪橋が触れていない所なんて既に皆無だ。  身体で慰める、というお約束な展開は理解したけれど、こればっかりは雪橋の期待には添えそうもない。  むしろ……、と思い付いた名案を口にした。 「それなら、雪橋の気持ち良い所も教えて欲しいな」  雪橋の手に、自分の掌を重ねてお願いをした。  いつもいつも、オレばかりが悦くなってしまって申し訳ないと思っていたから良い機会だ。  オレはいつも自分の事で精一杯で、雪橋に奉仕をする余裕なんてなかった。  同じ男なんだから、オレがしてもらっている事をすれば良いのだと思うんだけど。  と、思案していると、バタリと雪橋がテーブルに倒れ込んだ。  ゴン、という鈍い音がしたので、頭を打ったのではないかと覗き込む。 「雪橋?」  声を掛けても、雪橋は動かない。  突然どうしたのだろうか。  本当は、雪橋の方が具合が悪かったのかもしれない。  オレが勘違いをした所為で勝手に落ち込んだりしたから、言いだせなくて悪化して……。 「気分悪いのか?」  ゆっくりと雪橋の背中を擦る。  少し体温が高いような気がして焦る。  熱があるのかもしれない。  オレよりも、雪橋の方が早く帰った方が良い。 「大丈夫か?」 「…………大丈夫じゃ、ない、です」  ようやく顔を上げた雪橋は、困ったような、笑っているような複雑な表情をしていた。 「熱があるみたいだぞ」 「そうですね。ちょっとトイレ行ってきます」 「一緒に行こうか?」  途中で倒れてしまったら心配なので付き添いを申し出たら、のろのろと立ち上がろうとしていた雪橋の動きが止まった。  それから、オレを見て苦笑する。 「見たいですか? 俺が抜くところ」  ニヤリと笑ってそんな事を言う雪橋を見て、はっと気づいてしまった。  思わず雪橋の下半身に目をやると、その視線から逃れるように背を向けて立ち去ってしまった。  あいつ、会社でナニ考えているんだよ。  相変わらず、勃起スイッチのタイミングの妙な奴だな。  と言うか、何に反応したのだろう。  後学の為に、後で訊いておこう。  冷たくなった缶コーヒーのプルトップを開けて口を付ける。  すっかり気分が浮上した所為か、いつもよりも美味しく感じて思わず微笑んでいた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2021.1.18 またしても、ズルズルと長くなってしまいました。 展開の目的がないと、どこで終わらせれば良いのか分からなくなります。 そして、相変わらず仕事してない大人が。 葉山が何をしても雪橋には可愛く映る、という話に…なっているといいな。 葉山視点では分かりにくいと思いますが、雪橋のキュンポイントを散りばめてございます。 諦める事に慣れている葉山は、もし本当に雪橋に彼女がいたとしたら諦めちゃうんだろうなぁ、と思うのです。 雪橋は、そんな葉山を全力で幸せにしてあげて欲しい。 葉山を裏切ったら許さないぞ、と思いながら書いています。 その前に、作者なんだから裏切らせるなよ、って事なんですけどね。 思うようには転ばないのが創作なものでして…。
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