第1話

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「ったくアイツら、からかいやがって」  双葉のスマートフォンが入った鞄を前カゴに入れて、ぶつくさ言いながら畦道を走行する。  ――――結局、友人に茶化されて、忘れ物を届ける事になってしまった。 「学校から近いとはいえ、僕んちと逆方向じゃんか……てか拓未の奴、家知ってるなら自分で行けよ」  続け様に不満を漏らすが、その声は誰にも聞こえていない。  だんだんと虚しくなってきた頃、無理に叩き込まれた目印が見えてくる。  随分と大きな平屋と、平屋の真向かいにある広大な畑だ。 「目印……でけぇ……」  自転車から降り、ひと通り視線を巡らせる。  古めかしい瓦の屋根や外壁が、双葉のイメージとなかなか一致しない。木目調の家具や、観葉植物が整然と配置された、カフェのような家に住んでいるのだと、勝手に決め付けていたのだ。  戸惑い、目を泳がせている内に、目線は畑で農作業をする、ひとりの女性の横顔を捉えた。  間違いなく、加世田双葉だ。  けれど、飾り気のない作業服で、高い位置で黒髪を束ね、春陽の元額の汗を拭う姿は、日向が抱いていた彼女の印象を大きく覆すものだった。  瞬間、心の中に春風が舞い上がる。  景色が白くなり、もはや世界には、呆然と立ち尽くす自分自身と、双葉の二人しかいなかった。  同じような感覚を、いつかに味わった事がある。だが、こんなにも一瞬で指先が熱くなってゆくのは初めてだ。  振り向いた彼女が驚きつつも微笑んだその時、確信する。  ――――どうやらこの心は、恋情に侵されてしまったらしい。
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