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義仲であった。
見たところ供もいなければ、馬も連れていないる。
「冠者殿、何故このようなところへ……」
「お前を、探していた。春風がいなくなっていたからな、多分ここだろうと」
そう言って義仲は、口の端を上げる。
「申し訳ございませぬ。今から、戻るところです」
巴は、無断で外出したことを詫びた。本当は、気付かれないうちに戻るつもりだったのだ。やはり、春風を走らせるべきだったかと、少し悔やむ。
「咎めに来たのではない。話が、したかった」
義仲がそういうのなら、自身の不在が問題になることはないだろうと、巴は安堵した。
「話、ですか。館に戻ってからでも……」
「誰に聞かれるか分からんからな。だが、もういい」
今度は、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
義仲の言葉に、巴は首を傾げた。
こんな朝早くから、何の話だろうか。しかも、館で帰りを待つのではなく、探しにまで来たという。
「用が、済んだのだ」
そう言うと義仲は、巴を優しく包み込むように抱き寄せた。
「か、冠者殿、このような……」
突然の行動に、巴は動揺する。胸が高鳴りを覚え、二つの手が小刻みに震えた。
「巴の気持ちが聞けたから、いいんだ」
柔らかな声が、耳をくすぐる。
「聞いて、いらしたのですか」
「しっかり、聞こえたぞ。俺の一方的な気持ちではないかと、不安だったのだ。お前の忠義を疑っているわけではない。ただ、忠義だけなのか、それとも別の感情も持ってくれているのか、不安だった。巴は、何も言ってくれぬからな」
「言えるわけ、ないではありませぬか」
巴は義仲に体を預けると、そっと囁いた。
――巴、ともえ……
自分を呼ぶ、低い声。以前と同じはずのそれが、全く違うものに聞こえる。
その甘い響きが耳に届く度、心の内に温かいものが広がり、全身が優しい感覚に包み込まれる。
遠乗りに行こう、弓矢で勝負だ、珍しい漢籍が手に入った……ほんの些細な用事でも、自分に掛けられる誘いの声が嬉しい。
けれども巴は、極力自身の感情を表に出さないよう、努めた。義仲が巴を誘う頻度は、元より兼平達に対するそれと同じであったし、巴もまた、家臣の一人として、常に付き従ってきた。今まで通りであれば、傍目には、何の変化もないように見える。そのはずであった。
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