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それは普段と何も変わらないさらさらとした風の吹く初夏の午後のことだった。
「ひばり、光ってるよ?」
大学三年生の梅田ひばりは講義後に大学の友人である南音色と、カフェに入ってお喋りをしていた。
たしかにテーブルに置いているスマホの画面が光っていて、着信を知らせている。
「お迎え?」
「ううん、そんなことはないはずだけど……」
電話の主は運転手の岸さんだった。
私は毎日大学まで運転手に送迎をしてもらっている。彼はひばりが幼い頃から梅田家に仕えていて、気心の知れた人である。
しかし彼には毎日迎えに来てもらいたい時間を自ら連絡するので、電話をもらことなんてない。
なんだか嫌な予感がした。
私は「はい」と、小声で言ってスマホを耳に当てた。
「ひばりさん、今どこにいらっしゃいますか?」
岸さんの声はやや慌てて聞こえた。
「大学の前のカフェにいるけど……どうしたの?岸さん……」
胸が嫌にドキドキとして、唾を飲んだ。
「お父様から今すぐ帰ってくるように伝えられています。ひばりさん、今すぐ迎えに行きますね」
「え……!」
「あと五分くらいで着くと思います、よろしくお願いします」
もっと詳しく話を聞きたかったけれど、もうスマホからは“ツーツー”という音が聞こえるだけ。
岸さんは穏和な性格だ。彼から動揺を感じることなんてこれまでなかった。
「大丈夫?何かあった?」
音色がややつり目がちの力のある大きな目でひばりを見つめる。彼女は輪郭がシャープで芯の強そうな顔立ちをしていることからどこか猫っぽい。上目遣いに見つめられると、よりそう見える。
「わからない、パパが私に用があるから早く迎えに来るって言うの……どうしたのかな……」
「……えぇ?用?」
「うん……」
音色とは反対のたれ目がちの大きな私の目は眼鏡の奥でゆらゆらと不安で揺れた。
「もしかして縁談とか?」
「え?」
「ひばり一人娘だしそろそろなんじゃない?」
(案外そうだったりして……。)
私の胸は小さく震えた。
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