24. 結衣の帰還 《最終話》

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 まるでゾンビのように起き上がった自分の子に手を伸ばし、今まさに触れようとしている母親をしり目に、陽子は意外な身軽さでその先で仰向けになって倒れている若い女のところへ歩み寄る。  その歩みは、左右に体を揺らしながら早歩きしているペンギンそのものだ。  美咲は自分が産んだ子、優斗を抱きしめる。  歩道からは母親の肩越しに男の子の顔が見える。  目蓋を半分閉じ、鼻から血を流している。  その鮮血は男の子の紫に変色した唇から顎をとおり、フードのついた母親の黄色いジャンパーの肩口から背中に向かってゆっくりと、そして着実に赤く細く染めていく。  母のぬくもりが男の子の肌にじわりと伝わったとき、痛みや恐怖を麻痺させていた小さな脳細胞が堰を切ったように動きだした。  そして心の叫びともとれる激しい泣き声が、雲で澱んだ冬空に響き渡った。  陽子は、若い女の顔を覗き込んだ。  一瞬、額と右の目尻から頬にかけての傷にひるんだが、これは今の事故の傷ではないことはあきらかだった。  頭を二、三回小刻みに振ると気を取り直し、外からは頭や背中からの出血がないことを確認した。そして、目を閉じたままの青白い顔を再び見入る。  ――まずい、  三十年間、幾多の困難を乗り越えながら看護師の仕事に就いてきた陽子は思わず眉をひそめた。
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