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遠目に見ただけだが、あれほどの衝撃だと背骨が折れ、脊髄は確実に損傷しているはずだ。
両肩を叩き、大声で声かけをする。
「大丈夫ですか? わかりますか? 声が聞こえますか?」
――駄目だ、まったく反応が無い。
若い女の鼻と口に耳を近づける。
呼吸の音が聞こえない。
コートのジッパーを下げ、胸元を開く。
現われたセーターの胸部と腹部にかけての上下動も見られない。
素早く女の細い首に指を三本当て頸動脈を探る。
脈は――ない。
陽子は振り向くと、歩道の人だかりに向かって叫ぶ。
「救急車!!!」
歩道から「呼びました!」の、声。
陽子はその男の声に反応し、再び大声を出す。
「二、三人来てください! 助けてください!」
小太りの看護師は仰向けに倒れている女の腰を跨ぎ膝をついた。
両手の手のひらを重ね、指を交互に組むと肘を真っすぐに伸ばし、胸骨の下半分に軽く押し当てた。
目蓋を閉じ、スーゥ、ハァーと、深呼吸を一回する。
そして目を見開くと、重ねた手のつけ根に体重をかけ、心臓マッサージをはじめる。
長く看護師を続けているが、突発的な事故に遭遇したのははじめてだ。
――辛い。
こんな将来のある二十前後の子が、身を挺してまで男の子を救うようなこんな勇敢な子が――痛ましすぎる。
息を吹き返して、生きて欲しい。
陽子がう、う、うっと声を漏らしながらテンポよく胸を圧迫するたびに、雪のように白い顔の顎が上がり、腕を緩めるとまた下がる。
その繰り返し……
人形に蘇生を繰り返しているようなもの。
それは経験上、十分に理解している。
でも、諦めたくない。
首と背中に流れる汗を感じながら、声を出して蘇生し続ける。
「戻ってこい、戻ってこい、こっちに戻ってこい。戻ってこい、戻ってこい、こっちに……」
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