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彩香は歩道のきわで左右を確認する。
左を向くとトラックが車道を塞ぐように後ろ向きになって止まり、運転席側のドアがおもむろに開くと中から人がおりようとしている。
その手前には仰向けに倒れている人を囲み、心配そうに覗き込んでいる数人の姿。
左右の安全を確認した彩香は、大泣きをしている優斗を抱き締め続けている美咲のところへ駆け寄り歩道近くに連れてこようと足を踏み出そうとした、が、息子の友宏が左足にしがみ付いて離そうとしない。
『トラウマにならなければいいけど……』と、頬を自分の太腿にしっかりと押し当てている息子を見下ろしながら思いやった。
息子にはしばらく心のケアが必要になるかもしれない。
大人の自分でさえ、さっきのショックでまだ足の震えが止まらない。
――恐ろしかった。
彩香はしゃがみ込むと、美咲がやっているように息子を抱きしめ、小さな背中をさする。
友宏の震えが胸に伝わってきた。
「優斗君は大丈夫だよ。すぐに良くなる。心配しなくていいよ。すぐにまた、保育園で遊べるようになるよ」そう言いながら息子の友達を救った女性の方に視線を移した。
かなり跳ね飛ばされた――まるで人形にように。
一瞬のことなのでよくわからないが、助けてくれたのは女性のように見えた。
三、四人の人の輪の隙間から仰向けに倒れている人の横に座り、うなだれている中年の女性の姿が見えた。
『知り合いの人かしら? どうしたんだろう、まさか……』
優斗君と違ってあの人はかなり重症のはずだ。
あの時――しっかりと子供達を見てやるべきだった。注意すべきだった。
あぁー、すまないことをした。
彩香は胸の奥から湧きあがってくる強い後悔の念に駆られ、唇をきつく結ぶと目蓋を閉じた。
たわいもない話に夢中になっていた……
友宏と優斗君が信号待ちをしている間、雪玉を車道に投げるような恰好をしてふざけ合っていたのはわかっていた。
まさか、雪玉に毛糸の手袋がひっつき、手から脱げて車道に落ちるなんて……それを拾いに優斗君が前に出るなんて。
友宏の「あぁぁぁー」という声を聴いたときにはもう、優斗君は車道に向かって走って――そして、転んだ。
その時、人が滑るようにして前に飛び出すと、俯せになっている優斗君の両脇を掴み抱きかかえ立ち上がろうした、その瞬間――トラックが、その人の背中を直撃した。
体が飛び上がる。
腕から離れた優斗君は投げ出されるように路上に転がり……
えっ、サイレン? 耳をすます……確かにサイレンの音だ!
確実にこっちに近づいてくる。
あぁ、これで、救われた……
彩香は「救急車が来たからもう大丈夫だよ」と息子の耳元で優しく囁くと、安堵の表情になって立ち上がった。
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