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第一話
授業が終わり、生徒が次々と教室を出て行く中、僕は流れに逆らうように廊下を歩き、屋上へと続く階段に足をかけた。
しかし、すぐに複数の足音が近付いてくる。気配が迫り、僕は今日も逃げられない事を悟る。わざわざ人混みを歩いてきた努力も虚しく、僕の背中は勢い良く突き飛ばされた。
「お前さぁ、授業中俺のこと睨んでただろ」
四人居るうちの一人が、転倒した僕の腹を乱雑に蹴りながら唾と共に吐き捨てる。
肩から滑り落ちたスクールバッグもサッカーボールみたいに弄ばれて、見る見るうちに変形していく。
彼以外の男子生徒も『絶対見てた』とか『ちらちら振り返ってた』とか言い始めて、“いじめる理由”を作るのに、加担した。
当然、僕がそんなことをするはずはない。むしろ、普段からクラスメイトとは目を合わせないようにしているのだ。紛れもない、でっち上げだった。
しかし、虚像は安っぽい多数決で、忽ち“真実”へと変わってしまう。
罵詈雑言の雨が降り注ぐ中、僕は否定をしなかった。今ここで発言したところで、味方となってくれる人は誰一人いなかったからだ。
「キモいんだよその目!」
数十回目の足蹴を受けたところで、階下から教師の声を聞く。抑揚もなく繰り返されるのは、下校する生徒たちへの、平凡な挨拶だ。
彼らもその声に気付いたのか、一瞬ぎくりと肩を縮めた。そして僕を睨んだかと思えば、もう一発腹に容赦のない足蹴を食らう。
反射的に蹲る僕の姿を興じる五人の顔は、度々こちらを振り向きながら遠ざかってゆく。
階下まで下ると、先程まで僕を罵倒していた声はすぐに流行っているらしいゲームの話題を切り出した。
静寂と暗がりの下、徐に起き上がり、僕はふらふらと屋上へと歩き出した。
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