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「時間を巻き戻すことができれば、いいのに」
左腕にはめた時計の秒針がじりじりと動いているのを見つめていると、カーテンのない窓の向こうでカラスがカァと鳴いた。
本をいっぱいに詰め込んだ段ボール箱を重ねると、ドンという重い音が部屋の中で跳ね返る。
こんな調子で、間に合うだろうか。
口が開いた段ボール箱に囲まれ、私はため息をついた。
明日の朝午前9時に引越し業者が荷物を取りにきて、昼過ぎにはこの部屋の鍵をオーナーに返却する予定になっている。
土曜日の今日を、ほんとうは軽く掃除するぐらいで迎えるはずだったのに、水曜日におきた仕事上のトラブルのクレーム処理と、木曜に言い渡された新しいプロジェクトの計画書の作成で、残業が続き昨日までまったく時間がとれなかった。
そのクレーム処理も計画書の作成も、金曜日の夜に停電を伴う作業が職場のあるビルに入ったせいで中途半端な状態で帰ってきてしまった。土日も閉館で何もできないから、月曜日に出勤すればクレームの相手からも上司からも怒られるだろう。
考えただけでも憂鬱になる。
だめだ。今は引っ越しのことを考えないと。
キッチンに向かうと、コーヒーカップがぽつんとひとつだけ置かれていた。食器類はもうほとんど詰め込み終わっている。といっても、ほとんどが彼の持ち物で私のものは段ボール箱1個分もなかったけど。
コーヒーカップを手に取り、蛇口からじょぼじょぼと水を注ぐ。
カルキ臭を含んだ味のない水がそろそろと喉を流れ落ちていった。
振り返って眺めるダイニングはもう家具はなくがらんとしていた。詰め込みすぎて扉が閉まらず、地震がくれば真っ先に崩れてしまうような本棚も、読みかけの本が絶妙なバランスで積んであったダイニングテーブルも、もうそこにはない。
彼とふたりで積み重ねてきたものは、もうなくなっていた。
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